銀行融資を検討する際、「負債の部」「純資産の部」は、銀行もよく見るポイントです。
諸留誕著「銀行融資を引き出す仕訳90」(日本法令)を参考にして。
銀行が決算書で見る最重要ポイントは”実態との一致”
決算書は単なる数字の報告書ではなく、銀行との重要なコミュニケーションツールです。
銀行融資を成功させる上で最も重要なことは何か。それは、決算書が会社の「実態」を正確に反映していることであるといえます。
目先の利益を大きく見せるために実態と異なる会計処理をすることは、かえって銀行の信頼を失い、融資を遠ざけてしまいます。
逆に、一見ネガティブに見える損失の計上であっても、事実に基づいて適切に処理することで、経営の透明性や管理能力の高さを示すことができます。
銀行との良好な関係を築き、円滑な資金調達を実現するために、具体的に資産の部の勘定科目ごとにどのような点に注意すべきか、見ていきましょう。
支払手形
支払手形は、支払いを先延ばしにできるため資金繰りの面では一見すると魅力的に映るかもしれません。
銀行から同額を借りれば利息がかかりますが、手形なら無利息で済むというメリットもあります。
しかし、そのメリットとは比較にならないほど大きなデメリットが潜んでいることも理解しておきたいことです。
それは「不渡り」のリスクです。半年で2回の不渡りを出すと銀行取引が停止され、事実上の倒産状態に陥ります。
また、たった1回の不渡りでも、会社の信用は大きく損なわれ、その後の事業に深刻な影響を及しかねません。
安易な手形の利用は、銀行にとって信用リスクが高いというシグナルになり得ます。
政府も2026年を目標に手形の廃止を推進しています。
銀行評価を高めるためのアクションプラン
- 掛取引への切り替え: まずは支払手形の利用をやめ、掛取引への変更を検討しましょう。
- 運転資金の確保: 支払いが早まることで資金繰りが厳しくなる場合は、銀行に運転資金の融資を相談します。
- 値引き交渉: 支払いを早めることを交換条件に、仕入先への値引き交渉も進めましょう。これにより、借入金の利息負担をカバーできる可能性もあります。
会社の体力が十分にあるうちに、手形取引からの脱却を図ることが重要です。
買掛金
買掛金は、仕入取引におけるごく自然な勘定科目ですが、その計上タイミングが銀行からの評価、ひいては将来の融資を大きく左右することがあります。
月次決算での計上漏れに気をつける
銀行は、月次決算が不正確な会社に対しては、
- 「正しい経営判断ができていないのではないか」
- 「決算書が出てくるまで融資判断はできない」
といったネガティブな評価を下しがちです。
「支払いは早く」で借入余力が高まることも
「入金は早く、支払いは遅く」が財務の定石と考えられがちですが、買掛金の支払いに関しては、この逆が有利に働くことがあります。
支払いを遅らせる交渉は現実的ではありませんが、支払いを早める代わりに値引きを交渉することは可能です。
仕入先にとっても資金繰りが改善するため、交渉に応じてもらえる可能性が十分にあります。
支払いを早めるには資金が必要ですが、その資金は銀行からの運転資金の借入で賄うことを検討します。
銀行は「経常運転資金(=売上債権+棚卸資産-仕入債務)」の範囲内での融資には積極的になってくれるので、買掛金を早期に支払うと、計算式「仕入債務」が減り経常運転資金の枠が増えるため、銀行からの借入余力が高まるという好循環が生まれます。
未払金・未払費用
社会保険料や水道光熱費など、月末が休日で支払いが翌月にずれる費用についても、必ず当月の費用として未払計上したほうがよいと考えられます。
”年間で見れば同じ”という考えでこの処理を怠ると、月ごとの損益が歪んでしまいます。
銀行は月次損益の推移も見ており、費用が不自然に変動すれば「管理能力が低い会社」と判断することもあります。
赤字決算こそ、未払費用の計上が重要
決算が赤字になりそうな時、「これ以上赤字を増やしたくない」という理由で未払費用の計上を見送りたくなるかもしれません。しかし、これは悪手です。
| 会計処理 | 今期の決算 | 翌期の決算 | 銀行からの評価 |
|---|---|---|---|
| 未払費用を計上しない | 赤字額が圧縮される | 費用が増え、黒字化のハードルが上がる | 2期連続赤字のリスクが高まり、評価が大きく悪化 |
| 未払費用を正しく計上する | 赤字額は増える | その分費用が減り、黒字化しやすくなる | 「赤字→黒字」のV字回復を果たし、評価されやすい |
固定資産の割賦購入におけるポイント
機械などの固定資産を分割払いで購入した場合の会計処理は、銀行評価と自社の資金繰り管理の両面で非常に重要です。
支払総額をすべて「未払金(流動負債)」として計上してしまうと、短期的な負債が過大に計上され、会社の支払い能力を示す流動比率が実態よりも悪く見えてしまいます。
かといって、”それならすべて長期未払金(固定債務)にすれば良い”と考えると、流動比率が実態以上によく見え、社長自身が短期的な返済義務を把握しにくくなり、資金繰りを見誤るリスクが高まるため、留意が必要です。
未払消費税等
税込経理を採用している場合、月次決算で消費税を計上しないと、その分利益が過大に表示されます。
決算時に1年分の消費税が大きな費用(租税公課)として計上され、利益が大幅に減少する事態に陥ります。また、決算時に突然、思わぬ納税額を知ることになり、資金繰りに窮してしまうこともあります。
また、毎月、未払消費税等を計上していれば、貸借対照表で納税見込額が常に可視化され、計画的な資金繰りが可能になります。
前受金
商品の引き渡しやサービスの提供前に、代金の一部または全部を受け取る「前受金」は、資金繰りを大幅に改善する強力な手段です。
どうせ無理だと最初から諦めずに、取引先に前払いを交渉できないか検討してみるのもよいかと思います。
特に、納品までに時間がかかる業種(製造業、不動産業、IT業など)では、前受金の慣習が受け入れられやすい傾向にあります。
また、既存の取引先は難しくとも、信用の浅い新規の取引先に対し、前払いを条件とすることも有効な戦略です。
前受金を活用することで、先行する支払い(仕入費用など)に充当でき、手元資金の流出を抑えることができます。
資金繰りに困った際に安易にファクタリングを検討する前に、まずは前受金の交渉ができないか見直してみましょう。
預り金
資金繰りが厳しくなった時、どの支払いを優先すべきか。
この判断を誤ると、会社の信用を大きく損なうことになります。
特に、従業員から預かった所得税や住民税などの税金(預り金)の支払いを後回しにして、銀行への返済を優先してしまうケースが見られますが、これは絶対に避けなければなりません。
銀行に対しては、経営改善計画などを提示することで返済のスケジュールを見直してもらう(リスケジュール)交渉が可能ですが、税金の滞納は差し押さえなどの強制的な措置につながるリスクがあります。
なお、資金繰りが厳しい時の支払いの優先順位は以下を目安と考えるとよいとされています。
- 支払手形(不渡りは致命傷)
- 社員の給料(事業活動の根幹)
- 買掛金(仕入先の信用維持)
- 家賃・水道光熱費
- 税金・社会保険料
- 借入返済(リスケジュールの相談を検討)
借入金の返済は、支払いの優先順位としては最後と考えられますので、この順番を意識しましょう。
借入金
”利息がもったいない”での繰り上げ返済はNG
手元資金に余裕が出てくると、利息負担を減らすために借入金を繰り上げ返済したくなるかもしれません。
銀行融資を必要とする会社にとって、これは得策ではありません。
銀行が自己資本比率といった指標以上に重視しているのは、”預金残高が十分にあるか”という資金繰りの安定性です。
繰り上げ返済によって預金残高が減ってしまうと、銀行はかえって返済能力に不安を抱きます。
※目安として、平均月商の2ヶ月分の預金残高を割ると、銀行は会社の手持ち資金残高が少ないのではないかと考えるといわれています。
運転資金は「短期継続融資」で借りることも考える
最近増えている融資タイプとして、「短期継続融資」があります。
これは、期日が1年以内の手形貸付や当座貸越といった方法で、期日が来たら銀行の審査を経て更新することで、いわば実質的に”借りっぱなし”の状態にする借り方です。
毎月の返済がなくなるため、手元資金に余裕が生まれ、資金繰りが劇的に改善します。
最近では、金融庁も、銀行に対してこの融資方法を推奨しており、以前に比べて相談に応じてもらいやすくなっています。
もちろん、赤字や債務超過など決算書の内容が悪いと断られやすいため、銀行に相談するにはタイミングを見計う必要があります。
更新してもらえなかった場合のリスクを心配する声もありますが、いきなり一括返済を求められるケースは稀で、多くは分割返済への切り替えで対応してもらえると考えられます。
一括返済を過度に心配するより、短期継続融資がもたらす資金繰り改善のメリットに目を向けてみるのもよいと思われます。
社長からの借入は「役員借入金」で処理する
資金繰りのために社長個人から会社が借り入れをする場合、これを安易に「短期借入金」として処理すると、銀行からは”すぐに返済が必要な負債”と見られてしまいます。
勘定科目を「役員借入金」とし、貸借対照表の「固定負債」に表示することにより、銀行に対して”当面返済を求められない資金”であることを明確に伝えられ、銀行によっては実質的な自己資本と見てくれます。
リース債務
中小企業において認められているリース取引の会計処理には、リース資産・債務を計上しない「賃貸借処理」があります。
この方法は、貸借対照表に負債が計上されないため、自己資本比率などの財務指標を良好に保つことができるというメリットがあり、有効な会計戦略の一つです。
ただし、この処理を採用する上で最も重要なのが、決算書の「注記表」への記載です。
賃貸借処理は実質的には決算書に載らない”簿外債務”を意味するため、注記表に、未経過リース料(将来支払うリース料の総額)を記載し、経営の透明性を示すことが銀行との信頼関係を築く鍵となります。
賞与引当金
賞与を支払った月に全額を費用として計上すると、その月だけ利益が大幅に減少したり、赤字になったりすることがあります。
月々の試算表を銀行に提出する際、単月で大きな赤字が出ていると良い印象は与えないため、「賞与引当金」として、年間の賞与支給予定額を12ヶ月で割り、毎月の決算で費用として少しずつ計上していく会計処理が考えられます。
この方法には、銀行融資において大きなメリットがあります。
- 月次損益の安定化:毎月の利益が平準化され、安定した経営状況をアピールできます。
- 正確な経営判断:社長自身が「正しい月次損益」を把握でき、経営判断を誤るリスクを減らせます。
決算時にも賞与引当金を計上した場合は、決算書の「個別注記表」への記載も忘れないようにしましょう。
「従業員の賞与支給に備えるため、支給見込額の当期負担分を計上しています」などと記載することにより、適切な情報開示につながります。
退職給付引当金
退職給付引当金は簿外債務となりうるものでもあることから、退職金規程がある会社については、その内容に基づき引当金計上したほうが望ましいと考えられます。
決算書の「個別注記表」に、「従業員の退職給付に備えるため、退職金規定に基づき期末要支給額から、中小企業退職金共済給付額を控除した金額を計上しています。」などと記載し、経営の透明性をアピールすることが重要です。
役員借入金
社長個人から会社へお金を入れる際、多くのケースでは増資(資本金)よりも「役員借入金」として処理する方が有利に働きます。
社長がすぐに返済を求めない「役員借入金」は、銀行も実質的な自己資本と見なしてくれることが多く、評価上はほとんど不利にならないと考えられます。
むしろ、コストを抑えつつ会社の預金を増やせるため、銀行からの評価上有利に働くことさえあるとされています。
ただし、銀行からの借入ではなく、役員借入金ばかりが増えていると、融資審査の際に、銀行は”この会社は、銀行から借りたくても借りられないのではないか”と考え、かえって融資を受けにくくなる可能性があります。
また、役員借入金がいつまでも残っていたり、残高が増え続けていたりすると、経営者保証(社長個人の連帯保証)が外しにくくなるのも問題です。
さらに、役員借入金は社長個人の財産(会社への貸付金)であるため、相続時には相続税の対象となるため、長期的には解消に努めることが健全な経営につながります。
資本金
会社の自己資本比率を高め、財務基盤を強化するために増資(資本金を増やすこと)は有効な手段です。
しかし、社長個人のお金で増資を選択する前には、そのデメリットも理解しておく必要があります。
決算書の見栄えを良くしようと増資を選択するケースがありますが、以下のデメリットを考慮する必要があります。
- 税負担の増加: 増資後の資本金額によっては、法人住民税の均等割が増える可能性があります。
- コストの発生: 登記手続きが必要で、登録免許税や司法書士報酬などの費用がかかります。
これらのデメリットを考慮すると、単純に会社の運転資金を補う目的であれば、前述の「役員借入金」の方が有利な場合が多いと考えられます。
役員借入金を資本金に振り替える「DES(デッド・エクイティ・スワップ)」についても、社長個人のお金を出資として受け入れるのと同じデメリットがある点に留意したいところです。
利益剰余金
純資産の部で資本金と並んで重要なのが「利益剰余金」です。
これは「創業から現在までの税引後利益の累計額」であり、会社の歴史と実力が詰まった重要な科目です。
利益剰余金の額を会社の期数(創業からの年数)で割ることで、「おおむねの平均的な年間利益」を把握できます。
これにより、単年度の業績だけでは見えない会社の本当の収益力を測ることが可能になります。
利益剰余金が赤字の累積によってマイナスになり、資本金の額を上回ってしまうと、会社は「債務超過」の状態に陥ります。
この「債務超過」は、銀行融資が極端に難しくなる非常に危険なシグナルです。
決算書の内容を良くし、銀行からの評価を高めるには、税引後の利益を積み上げて利益剰余金をプラスにし、増やしていくしかありません。
つまり、銀行融資が必要なうちは、利益を減らす節税ばかりに目を向けるのではなく、しっかりと利益を出し、納税することが、結果として財務内容を強くし、銀行からの信頼を勝ち取ることにつながると理解しておく必要があります。
