プロフィール

酒井 寛志(さかい ひろし)

税理士
ワンクリックオペレーションコーチ

資格、所属

  • 税理士(九州北部税理士会 登録番号第133020号)
  • ワンクリックオペレーションコーチ
  • マネーフォワードクラウド公認メンバー
  • freee認定アドバイザー
  • 弥生PAP会員
  • 長崎商工会議所会員
  • 日本あいづち協会会員

略歴

1979年佐賀県武雄市生まれ。関西学院大学商学部卒業、拓殖大学大学院修了。
大学在学中より税理士資格の取得を目指し、東京の金融特化の税理士法人勤務を経て、2012年に九州へUターン。
佐賀県武雄市の税理士法人勤務時の2015年に税理士試験合格。その後、税理士法人アップパートナーズでの勤務を経て、2020年8月1日、酒井寛志税理士事務所を開業。

実績

年商数百万円~約5億円程度までの個人事業主・中小企業を担当
また、債権額数百億円、不動産数十億円の証券化SPC(特定目的会社、匿名組合など)を担当の経験あり

決算書・税務申告書(法人税、所得税、消費税、贈与税)作成、税務調査対応、株式評価
クラウド化、月次決算、経営計画作成、財務コンサルティング、資金繰りサポート、キャッシュフロー表、資金繰り表作成など経営全般のサポートの経験があり。
また、事務所勤務中は新規顧客を担当することが多く、経理効率化提案、クラウド会計導入、クラウドツール導入提案などの経験あり。

特に、クラウド化、経営計画作成、資金繰りサポートなどを得意としています

業種として、法律事務所、小売業、卸売業、製造業、設備業、建設業、医業(歯科診療所、医科診療所、歯科医療法人)、不動産賃貸業、薬局、介護業(グループホーム、通所介護)、人材派遣業、自動車解体業、中古部品販売業などの経験あり

大学院の修士論文にて、租税資料館奨励賞(第21回入賞)→租税資料館リンク

「証券化SPV」(清文社) の編集へ参加。巻末の「そのほかの執筆者一覧」に名前を連ねています。

WEB名刺など

html名刺
Link Tree
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心がけていること

お客様のお話(お困りごと、ご不安、お考え、ご要望)を十分に聞くこと。
これをもっとも大事にしています。

また、専門的なアドバイスはもちろんですが、

「丁寧に対応すること」

「分かりやすく説明すること」

「出来るだけ速くレスポンスすること」

「質問しやすく、ゆとりをもったコミュニケーションをとること」

「穏やかに話すこと」

を特に重視しています。

お役に立てること

1)「聴く」に重点を置いた経営相談相手

2)事業計画、資金繰り表(キャッシュフロー表)の作成を通した経営判断のサポート

3)ITツールによる経理のシンプル化のご提案

生年月日、出身、住所

1979年6月16日双子座

佐賀県武雄市(朝日町)生まれ

兵庫県西宮市(大学時代)

埼玉県さいたま市(大学卒業後~32歳)

長崎県長崎市在住

自称「ひとりゆとり世代」。
ゆとり世代ではないが、量のみ優先の高校の勉強に嫌気が差し、学校はサボりぎみで、ひたすら簿記検定の勉強や進学塾での東進衛星ゼミナールの講義に勤しむ。中学校時代よりスウェーデンのバンド(Roxette)を好み、高校時代はHIP HOP(Nas、Public Enemy、Gang Starr、DJ Premier、A Tribe Called Quest、De La Soul、Run DMCなど)、ブラックミュージック(Boys Ⅱ Menなど)を割とディーブに好む。
関西学院大学では、吹奏楽部に所属し、トランペット→ホルンを担当。途中より吹奏楽部を退部、市民オーケストラに所属。練習は専ら武庫川の河川敷。その頃聴いていた音楽は、クラシック(ブラームス、サン・サーンス、ベートーベン、チャイコフスキー、マーラー、モーツァルト、ワーグナー、ドヴォルザーク、ショスタコーヴィチなど。)のほか、椎名林檎を好む。
社会人になってからは、竹仲絵里、King Gnuなど。

住んだことがある場所

長崎県長崎市、佐賀県武雄市、兵庫県西宮市、埼玉県さいたま市

血液型

A型

長所

聴き上手、丁寧、説明が穏やかで分かりやすい、専門用語を出来るだけ使わない、質問しやすい
真面目、よく笑う

短所

方向音痴(たまにしか通らない道はほぼ覚えられない。よく通る道のお店などもほぼ覚えきれない。ナビが命綱。)

目指す生き方

ゆるふわ

好きな言葉

先憂後楽(常に人に先立って心配し、人が楽しんだ後に自分が楽しむ)

正射必中(当てることではなく、正しく射ることに集中する)

聞き慣れない物珍しいカタカナ言葉(アメンホテプ4世、ネブカドネザル二世など)

夢なし者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。ゆえに、夢なき者に成功なし(吉田松陰)

好きな歴史上の人物

西郷隆盛、高杉晋作、黒田官兵衛、鍋島閑叟、鍋島直茂、龍造寺隆信

好きな音楽(アーティスト、ジャンルなど)

竹仲絵里、King Gnu、マルタ・アルゲリッチ、東京事変(椎名林檎)、池田重一、Nas、Public Enemy、Gangstarr

好きな食べ物、飲み物

親子丼、焼き鳥、唐揚げ、焼肉(ロース)、ささみ、パスタ全般

カリオモンズコーヒーロースター のコーヒー(一度飲んだら他のものは物足りない、、)

嫌いな食べ物

納豆、豚肉
※出来れば避けたい:梅干し
※お酒が飲めません…

得意料理

キーマカレー、ペペロンチーノ

愛用品

PC:Surface Laptop 3

スマートフォン:iPhone 11 pro

モニター:Dell P2418HT 23.8インチ、LG 43UN700-B 42.5インチ

マウス:Logicool Wireless TrackBall M570t

キーボード:Wireless Solar Keyboard K750r

好きなこと

歴史の本を読むこと(突飛すぎない新説などが大好き)、歌うこと、料理

最近は、関ヶ原の戦いの再評価(定説打破)に注目しています。

NHKの大河ドラマや「英雄たちの選択」が大好きです。

好きな動物

猫、犬、鳥

好きなスポーツ

踏み台昇降
※基本的にスポーツは苦手、無関心

好きな本

東山紘久著「プロカウンセラーの聞く技術」(創元社)

好きな作家

河合隼雄、東山紘久、磯田道史、吉川英治、夏目漱石、金庸

印象の残った映画、アニメ

赤毛のアン(アニメで号泣)

大林宣彦「ふたり」(以来、ライトな石田ひかりファン)

スパイク・リー「マルコムX」(人生に大きな影響)

デイミアン・チャゼル「LA・LA・LAND」

行ったことがある場所

トルコ、台湾
東京、埼玉、神奈川、千葉、大阪、兵庫、京都、北海道、福岡、熊本、佐賀、大分、宮崎、鹿児島

好きな場所

旧県庁(長崎市)、出島(長崎市)、水辺の森公園(長崎市)、武雄神社(武雄市)、武雄市立図書館(武雄市)、龍安寺(京都市)、京都御所(京都市)、富良野市、美瑛市、ブルーモスク・スレイマニエモスク・エユップスルタンモスク(イスタンブール)、行天宮・龍山寺・中正紀念堂・忠烈祠(台北)

アルバイト歴

コンビニ、郵便局(内務、外務)、会計事務所、書店、居酒屋

日雇派遣アルバイトとして、ディスカウントストア、スーパー、アパレル、居酒屋、レストラン、パチンコ店、ライブ警備・設営撤去、PCプログラムインストール、自転車撤去

酒井寛志が税理士になるまで

1979年(昭和54年)6月16日

佐賀県武雄市で生まれる。臍の緒が足に巻きつき、かつ難産であったらしい。

小学校時代

小学1年生のとき、竹とんぼが目に直撃し、あやうく片目を失明するところ。

小学2年生のとき、盲腸(急性虫垂炎)で手術、入院。

小学3年生のとき、体育の授業が嫌すぎて胃潰瘍になる。注射が大きすぎたがいつしか慣れる。シャーロック・ホームズ(児童文学版)にハマる。以後、マガーク少年探偵団なども愛読。

小学4年生のとき、新しい遊びを開発することに没頭する。考案したもの(覚えているもの)で、洗濯ばさみ戦争、ありったけボールでのドッジボールなど。

小学5年生のとき、宗田理のぼくらシリーズにハマる。

小学6年生のとき、NHK人形劇の三国志にハマり漫画を通り越して小説の吉川英治「三国志」を読破する。その他、司馬遼太郎「項羽と劉邦」など。水曜や金曜には、家が学校から近いことから、同級生のたまり場となり、テレビゲーム大会三昧。

中学校時代

武者小路実篤、太宰治などの小説などもハマって読むなか、夏目漱石の「こころ」が衝撃的すぎてトラウマとなり、文豪系の小説は避けるようになる。先に小説から入ってしまったため、漫画はコスパが悪いように感じ、ほぼ手を出さず(現在でも漫画はあまり読まない。)。

中学2年生のとき、スウェーデンのロックバンドRoxetteにハマり、中学3年生のときには念願の福岡でのライブへ(初の1人福岡)。

文豪系小説で心をえぐられたせいか、人の「心」に興味を持つ。心理カウンセラーなどの職業に漠然と興味を持つ。

高校時代

地元の典型的な地方の進学校へ。宿題の量だけを与えられる高校生活に嫌気が差し、早速不登校となる。祖母からは、「昔は中卒は金の卵と言われたが、今は落伍者だ」と非難され、泣かれる(人生において有数の岐路になったと思われる。)。

高校を辞めて大検受けようと考え、東京や埼玉の大検予備校を本気で視察に行く。結果、高校行っても大検予備校行っても、さして変わらないと納得する。

自分の高校がどうしても合わないのであれば、高校2年になれば転校すればよいと吹っ切り、高校という組織に合わせることをやめる(気が楽になる。)。

3ヶ月の不登校時期を経て復帰するも、高校という組織に合わせることはあきらめ、授業には無関心な生活となる。
あれこれとサボりつつも、将来や大学進学には強い関心があり、進学塾(東進衛星ゼミナール提携)に通う。比較して、高校は進学校の割に教え方が下手であることに苛立ちを隠せず、大学受験に不要な授業の合間の時間を活用して何らか資格を取ろうと思い、当時通っていた塾講師(元公認会計士受験生)の影響や経理であった叔父の影響で、普通高なのに簿記検定の勉強をする。
授業中は外を見ているフリをしながらしっかり授業を聞き、案の定、質問を当ててきた先生に対して正確な返答をしてさらに逆質問をして反撃するという厄介な反抗期スタイルを貫く。

商業高校の友人に懇願して、商業高校の全商簿記検定の受験申込みをさせてもらう。友人に検定会場である高校に連れて行ってもらい、教室別室でただ1人の外部の人として受験、全商3級合格。

その後の高校生活は、進学塾(東進衛星ゼミナール提携)メインの生活を送る。

中学校から心理カウンセラーに興味を持つも、心理カウンセラーが必要となる前段階での社会への貢献に興味が芽生える。
人生のなかで大半を占める「働く」をサポートするために、その経営の改善をサポートする職業として、経営コンサルタントを志向する。

先生がやたらと指定校推薦の話を進めてくるが、志望校ではないので、と食い気味に話を蹴り、先生と反目する。
志望大学の受験を断行するが、センター試験の結果、得意教科で勝負できる私立大学への進学一本化を決意、志望する関西学院大学への受験に合格。
さらに先生の地方の国立大学への受験の勧めを、先生の指導成績のために生きているわけではないので、当然のごとく食い気味に蹴り、先生との関係は修復不能となる。
特に意に介さず、自分の選択をひたすら貫く。学校のなかではおそらく異端。

大学時代

関西学院大学へ。都会におびえ、サークルなどのノリには合わないだろうと諦める。
当時、下宿が一緒で当初親切にして下さった先輩のご縁で応援団総部吹奏楽部へ入部する。トランペットを試吹したところ一発で音が出たため、そのままトランペットを志願。しかし、トランペットに性格が合わず、その後、ホルンへ転向。
悔しさから、猛練習し、よりホルンが活躍できる環境であるオーケストラへ転向するために吹奏楽部を退部し、アマチュアオーケストラ芦屋フィルハーモニー管弦楽団へ入団。同時に、大阪フィルハーモニーの池田重一先生に師事。

大学3年生となり、就職活動を意識する。折からの就職氷河期で、優秀な先輩方が妥協しての就職を余儀なくされている姿を見て、自分の将来を意識する。

高校時代の志望である経営コンサルタントを調べていくなか、助言するためには、しっかりした基盤に基づくものでなければならないと考え、税理士資格取得を志す。資格の適性を確かめるため、日商簿記検定の3級、2級を受験(2級試験では96点)。

周囲の就職活動を尻目に、大原簿記学校神戸校へダブルスクールを決意、大学3年生の後、1年休学し、受験専念する。
休学年の受験に失敗。
復学後、大学4年生の受験で簿記論、財務諸表論を取得。

大学卒業後

フリーターをしつつの受験専念を選択。アルバイトや就職の多様さの観点から、埼玉県へ引っ越す。大学卒業後の年の受験(法人税法)は不合格。次の年の受験(法人税法、消費税法)でも不合格。
その次の年は、数年の勉強の疲れから、勉強に身が入らず、アルバイト中心の生活となる。
もがき苦しむ日々が続く。今でもこの頃の記憶は曖昧。暗黒期。

派遣社員として

このままフリーターを続けていても状況は改善しないと意識、年齢的にも、勉強はさておき、社会に出て働くことを優先しなければ、という意識になる。
こうした意識になれたのは、苦しい時期、周りにいてくれたアルバイトなどで知り合った様々な人との出会いとその助言によるところが大きい。

派遣社員として、オリックス株式会社投資銀行本部でビジネスローンの審査補助業務に従事。その後、ビジネスローンの証券化プロジェクト(CLOプロジェクト)に参加させてもらう。
中小企業の決算書をもとに倒産確率を計算し、ローンを行う、というビジネスモデルだが、中小企業の決算書には不備も多く、精緻な金融工学で計算式を組んでも、前提となる決算書情報に不備があるため、与信コントロールの難しさを痛感。

仕事に忙殺され、税理士受験は中断。

派遣社員として高くはない給料だが、収入が安定はしたため、精神的にも少し安心する。
このまま派遣社員でもいいか、と思っていたが、周りの尊敬できる方々の意見を聞くうち、正社員として働くべき、と考える。

経理職となるか、再び税理士を目指して税理士事務所へ進むか迷う。

正社員として働き始める

再び税理士を目指して税理士事務所で働くことを決意。

28歳のとき、東京で証券化に特化した税理士法人へ正社員として就職。証券化SPC(匿名組合や特定目的会社など)の事務管理、会計記帳、税務申告、消費税タックスプランニングに従事。また、出版書籍の編集に参加。
第一部主任を拝命。

30歳のとき、リーマンショックが起こる。仕事がノー残業となったことから、この機会を逃さないために、大学院進学を決意、32歳のときに大学院修了。
税理士試験受験を避けたと言われるのが嫌で、本気で研究(証券化などの税務の分野)に没頭する。本気で論文の賞を狙いに行く。
無事に、論文で、租税資料館奨励賞を受賞。

この頃に、東日本大震災に被災。当時飼っていた猫の状況が心配になり、当時の東京都港区赤坂の職場から、埼玉県さいたま市の自宅まで一晩かけて歩いて帰る(33km)。
当時は、ここまで大きな震災だと思わず、歩いているうちに電車も復旧するだろうと思っていた。

その後、独立系最大手のひとつである証券化特化の税理士法人へ転職。証券化SPCの事務管理、会計記帳、税務申告、消費税タックスプランニングに加え、会計税務意見書作成業務に従事。

震災の影響もあるが、30代となり、20代のような欲や野心が落ち着き、東京にいる価値を感じなくなってきていたことで、自分の生き方を見直すようになる。
村社会としての自身の出身地の実家や地域から逃げるように生きてきた自分の生き方に、後悔する気持ちが生まれ、さんざん悩んだ挙げ句、九州へUターンすることを決意。

佐賀県武雄市へUターン

32歳のときに、愛猫みいたを連れて、佐賀県武雄市の実家へ帰る。

親からは、孫ではなく猫を連れて帰ってきた、と、しばらくいじられる。日曜日は大体何気なく「新婚さんいらっしゃい」が流れる。

以前から予約していたトルコへのホームステイプログラムへ参加。

トルコから帰り、地元の税理士法人へ就職。
中小企業税務の経験を積んでいく。東京での証券化の経験は役には立たず、一から仕事を学んでいく。

35歳のとき、最後の税理士試験科目に合格。

長崎

税理士試験合格後、大手税理士法人である税理士法人アップパートナーズへ転職。転職後すぐに九州北部税理士会長崎支部へ、税理士登録。

在職中は、社内の製販分離プロジェクトへの参加、主に新規のお客様の契約後の導入をサポート(クラウド会計の導入、効率的、かつその会社に合った領収書等の整理の仕方、経理の方法等)。

その後、業務課へ異動、お客様の経営計画を作成し、月次報告、業績説明、クラウド化サポート、財務支援、資金繰りサポート、を行う。

開業

2020年8月1日、独立し、酒井寛志税理士事務所を開業。

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