会社の利益が伸びてくると、多くの経営者が「節税」というテーマに強い関心を持つようになります。無駄な支出を抑え、手元に資金を残すという考えは経営の基本。ただ、良かれと思って実践している節税策が、実は会社の成長を妨げ、気づかぬうちに経営を危険に晒しているということもあり得ます。
松波竜太著「その節税が会社を殺す」(総合出版すばる舎)を参考にして。
「売上アップ=資金アップ」ではない?経営者が陥る最初の誤解
事業が軌道に乗り、売上が順調に増えていく。これは経営者にとって何よりの喜びです。
ここで一つ、非常に重要な事実を見落とさないようにしておく必要が生じます。
それは、”売上が増えても、必ずしも会社のお金が増えるわけではない”ということ。
むしろ、成長期においては、売上が増えれば増えるほど、一時的にお金は減っていくことさえあり得ます。
なぜならば、商品を販売するためには、仕入れ、人件費、設備投資など、さまざまな費用が先に出ていくためです。
売上金が入金されるのは、これらの支払いよりも後になることがほとんどなのです。
この「出ていくお金」と「入ってくるお金」とのタイムラグが、多くの経営者を”儲かっているはずなのに、なぜか手元にお金がない”という感覚に陥らせるのです。
利益が出そうだから!という理由だけで節税に走ってしまうと、貴重な手元資金をさらに外部に流出させていくことになるのです。
会社経営において、手元資金は、いわば車でいうガソリンそのものであり、ガソリンが尽きれば、どんなに高性能な車であっても走ることはできません。
まずは、会社の命綱である手元資金を不用意に減らさないための正しい知識を持つことが、すべての基本となります。
節税が招く「経営の悪循環」と、会社を成長させる「経営の好循環」
行き過ぎた節税は、会社の資金を直接減らすだけでなく、もう一つの問題を引き起こします。
それは、”銀行からの評価が下がり、融資を受けにくくなる”という問題です。
節税のために利益を圧縮するということは、決算書上の会社の成績を悪く見せることと表裏一体であるともいえます。
当然、銀行は、利益が出ていない会社に対する融資には慎重になります。
結果、多くの会社が気づかぬうちに負のスパイラルに陥ってしまっているのです。
しかし、この流れは、断ち切ることが可能です。
節税への考え方を少し変えるだけで、会社を力強く成長させる「好循環」を生み出すことができるのです。
キャッシュを減らす「経営の悪循環」
- 節税する
- 利益が減り、会社の資金がなくなる
- 銀行が融資してくれない、条件が悪くなる
- 必要な設備投資や仕入れができず、取引先への支払いも遅れがちになる
- 事業の継続が困難になる
キャッシュを増やす「経営の好循環」
- 現金の減る節税をやめる
- しっかりと手元資金を確保する
- 銀行から「良い金利条件にしますから、借りてもらえませんか?」と声がかかるようになる
- 必要な事業への資金投下がタイムリーにでき、経営に余裕が生まれる
- 売上がアップし、さらに金利負担も軽くなる。さらに利益がアップする
- 銀行から「もっと借りてください」と提案され、さらに手元資金が厚くなる
この好循環を回すことは、業種や規模に関わらず、どの会社でも実現可能です。
第一歩は、目先の節税に対する考え方を見直すことから始まります。
重要なのは、こうして手にした潤沢な資金を、ただ貯め込むのではなく有効に活用することです。
手元に資金があれば、支払いで苦労することはありません。
そして、「あの会社は支払いが良い」という評判が立てば、取引を望む会社も増えてきます。
有利な条件での仕入れや、価格交渉の主導権を握ることも可能になります。
お金を持つことは、経営を楽にし、守りから「攻めの経営」を可能にする、極めて重要なアイテムなのです。
節税目的の保険加入をキャッシュフローの観点から考える
生命保険の活用は、節税を考える際のポピュラーな選択肢の一つとして語られます。
保険は、保険料を支払った期には経費が増え、法人税負担が軽減される効果があります。
しかし、これはあくまで税金の支払いを将来に繰り延べているケースがほとんどであり、その仕組みをキャッシュフローの観点から理解しておくことが重要です。
将来、保険を解約して返戻金を受け取る際には、そのお金は利益として扱われ、法人税の課税対象となるためです。
例えば、1000万円の利益が出たケースで、まず目先で手元に残る資金を比較してみましょう。
| 対応 | 支払うお金 | 手元に残る現金 |
|---|---|---|
| ①保険による節税をせず、利益を確保する | 法人税:約264万円 | 約736万円 |
| ② 1,000万円の保険に加入して節税し、利益を減らす | 保険料:1,000万円 | 0円 |
この比較が示すように、節税を目的として利益と同額の保険料を支払うと、法人税を納めるケースに比べて、その期の手元資金が大きく減少します。
会社の運転資金であるキャッシュフローを最優先で考えるのであれば、この仕組みを理解した上で、慎重に検討する必要があるといえます。
保険商品を検討する際に知っておきたい「実質返戻率」の視点
保険の提案を受ける際、税効果を加味した”実質返戻率”という指標が提示されることがあります。
この数字が100%を超えることで、一見すると非常に有利な金融商品に見えることがあります。
もちろん、保険は万一の事態に備える保障という、本来の重要な役割を持っています。
その上で、資産形成の一環として検討する際には、経営者自身がその”指標の性質”を正しく理解しておくことが大切であるといえます。
”実質返戻率”は、将来、解約返戻金を受け取る年に、たまたま会社に損失が生じる状況が生じることを当然のように想定しており、つまり”法人税がかからない状況を前提として算出されている”場合があります。
経営者としては、返戻金に法人税がかかるケースも想定し、自社のキャッシュフローに与える影響を多角的にシミュレーションする必要があります。
同様に、将来の役員退職金という経費、つまり、「役員退職金の準備」といった目的で活用を考える場合にも、保険が持つ保障機能という価値を評価しつつ、資金を積み立てるという観点では、法人税を納めて残った現金を自社で着実に運用していく方法との間でしっかり比較検討することが、健全な経営判断へと繋がります。
「守りの節税」と「攻めの納税」。会社の未来を創るお金の使い方
税金とどう向き合えば、会社の成長に繋げることができるのか。
それは、「銀行からの評価を高め、より良い条件の融資を引き出すための戦略的な納税」という新しい視点を持つことであると考えられます。
ひとつの目安として、”借入総額の1%程度の法人税を納める”ことを意識してみるとよいといわれることがあります。
法人税をきちんと納めている会社は、銀行の目には「しっかりと利益を出せる優良な会社」と映ります。
逆に、銀行に、”法人税は払いたくないけど、融資してくれ・金利等の融資条件をよくしてくれ”と交渉しても、銀行が好意的に受け取ることはないといえます。
法人税をしっかり納めることで、結果として、融資の金利が引き下げられたり、融資枠が拡大されたりと、有利な条件を引き出しやすくなります。
場合によっては、支払う法人税額以上に、支払利息の削減効果が大きくなる”損して得取れ”という状況さえ生まれることもあり得るのです。
目先の税金を減らすことだけを考える「守りの節税」から、未来の成長のために資金調達を有利にする「攻めの納税」。
その視点の転換こそが、会社をキャッシュリッチ企業へと導く、最も確実な一歩であるといえます。
