「利益が出そうだから、税金で取られる前に役員報酬を増やそう」「この経費も落として、少しでも法人税を安くしよう」。多くの経営者が、会社の利益を守るために良かれと思って実践している節税策が原因で、なぜか会社の手元資金は増えずに常に資金繰りに悩まされているとしたら、その考え方を検証する必要があるといえます。
松波竜太著「その節税が会社を殺す」(総合出版すばる舎)を参考にして。
”法人税を払うくらいなら役員報酬”が会社を殺す
”法人税を支払うのが嫌だから、役員報酬を増やして経費を増やせばいい”と考えがちですが、それが会社の体力を静かに確実にむしばんでいる可能性も考えておいたほうがよいと考えられます。
例えば、課税対象となる利益が1,200万円の会社があるとします。
この利益を、①月額100万円の役員報酬として個人で受け取り所得税・住民税を支払うケースと、②会社に残して法人税を支払うケースで、最終的に会社と個人の手元からどれだけのお金がなくなるものなのか比較してみると、以下のような違いが生じます。
| 区分 | ② 個人で受け取る場合 | ① 法人で残す場合 |
|---|---|---|
| 社会保険料 | 540万円 | 0円 |
| 所得税・住民税 | 205万円 (所得税124万円 + 住民税81万円) | 0円 |
| 法人税等 | 0円 | 338万円 (国税223万円 + 地方税115万円) |
| 合計キャッシュアウト | 745万円 | 338万円 |
見落としてしまうのは、社会保険料という非常に重いコストです。
役員報酬には、税金だけでなく社会保険料が課せられ、なおかつ、個人が負担する分と同額を会社も負担しなければなりません。
また、会社が赤字であっても、役員報酬を支払う限りこの支払いは発生します。
つまり、法人税を嫌って役員報酬を増やすという選択は、結果的には、はるかに多くのお金を失う行為といえます。
”まともに法人税を支払っていては、会社にお金が残らない”というイメージは、単なる思い込みに過ぎません。
税金には、その支払いを通じて”会社を強くするもの”と、”会社を弱くするもの”とがあると考えられます。
個人に対する負担率と法人に対する負担率は2012年を境に逆転しており、かつては個人負担の方が低かったものが、今は法人負担の方が低くなっています。
こうした税制のトレンドを知らずにいると、知らず知らずのうちに大きな損をしている可能性があります。
実際のところ一番得な税金は「法人税」
”払うべき法人税”を支払わず、役員報酬を増やして、”払わなくてもよい所得税や社会保険料”を支払うことで、経営はより苦しくなります。
今は国際的に法人税率引き下げ競争が起きており、日本もその流れの中にあります。
そして、国は、この法人税を下げた分の帳尻を合わせるために、所得税、消費税、相続税といった個人への課税を強化している傾向にあります。
役員報酬を増やしても、所得税の超過累進税率(所得が上がるほど税率が上がる仕組み)によって、手取り率はどんどん低くなっていきます。
役員報酬の月額と手取り額の変化 (単位:万円)
| 役員報酬(月額) | 社会保険料 | 税金 | 手取り | 手取りの差額 |
|---|---|---|---|---|
| 50 | 7.1 | 4.2 | 38.7 | – |
| 100 | 10.5 | 16.9 | 72.6 | 33.9 |
| 150 | 12.6 | 36.7 | 100.7 | 28.1 |
| 200 | 12.6 | 59.3 | 128.1 | 27.4 |
報酬を月額150万円から200万円に50万円増やしたとしても、手取りの増加額はわずか27.4万円に過ぎないことになります。
さらに社会保険料の会社負担分を考慮すると、会社と個人を合わせたトータルの手取り率はさらに悪化します。
また、問題なのは、高い税金と社会保険料を支払って個人で受け取った役員報酬を、結局”会社の資金が足りないから”という理由で、個人から会社へ貸し付けているケースもあります。
高いコストをかけて個人に移したお金を会社に戻すというのは、資金効率が悪いともいえます。
効果的な納税
節税を考えるときには、それが会社全体に与える影響、特に従業員のモチベーションに与える影響を考える必要があります。
企業の最大の利益要素は「人材」であり、社員一人ひとりの創意工夫やお客様との信頼関係が利益の源泉となっています。
その社員たちが、自分たちの頑張りの成果である利益が、経営者がただ納税を忌避するばかりに使う無駄な経費に回っていると知ったらどう思うかということを考えてみる必要もあります。
経費であることを税務署を納得させられたとしても、社員が納得してくれるとは限りません。
彼らは社長の利益を無駄にする姿勢を敏感に感じ取り、会社への忠誠心を失ってしまいます。
その分を確実に会社の利益として計上し、銀行からの信用を高め、安い金利で大きな資金を調達し、未来のために設備投資をすれば、ライバルとの差別化を図ることができます。
そこに、設備投資減税策を活用すれば、節税にも繋がります。
目先の節税に惑わされ、”会社の成長”という大きな目的を見失わないようにする必要があります。
改善例
無駄な節税をやめるとどうなるのか、典型例を示すと以下のような感じになります。
改善前の状況
- 経営状況
数年間の赤字経営、銀行融資も困難な状態 - 問題点
- 赤字にもかかわらず、過大な役員報酬を支払い
- 法人税が発生していないにもかかわらず、節税目的の生命保険に継続加入状態
改善ステップ
- Step 1:キャッシュアウトの抜本的見直し
- 役員報酬の最適化
役員報酬を、生活に支障のない範囲で減額(=経費削減) - 不要な保険契約の解約
資金を圧迫していた生命保険を解約し、経費削減&キャッシュ化 - 遊休資産の売却
事業に直接貢献していない資産を売却し、キャッシュ化
- 役員報酬の最適化
- Step2:黒字化、金融機関との関係再構築
- 黒字転換の達成
固定費の大幅な削減により黒字化を実現。 - 銀行交渉の再開
改善された決算書を基に、銀行との融資・返済に関する交渉を再開、信頼関係を再構築。
- 黒字転換の達成
- Step3:成長への再投資
- 新規融資の獲得
回復した信用を基に、新たな融資を獲得。 - 設備投資の実行
獲得した資金を最新設備へ投資し、生産性向上と他社との差別化を実現。
- 新規融資の獲得
改善プランがもたらす成果
- 財務体質の改善
- 金融コストの削減
借入額は増加したものの、信用力向上により金利低下、年間支払利息は360万円から270万円に減少 - 成長の好循環の創出
「財務安定 → 経営者の精神的安定 → 正しい経営判断 → 成長投資 → さらなる利益」という好循環 - 法人税の新たな捉え方
新たに発生した法人税は、会社の信用を買い、低金利の融資を引き出すための「金融費用」
