会社の利益が増えているのに、なぜか手元の現金は増えずいつも資金繰りに奔走してしまうという問題。会社の成長を止めないために本当に重要な「手元資金」の考え方と、銀行との付き合い方について。
松波竜太著「その節税が会社を殺す」(総合出版すばる舎)を参考にして。
なぜ?「儲かるほど、元のお金は減る」という経営の現実
そもそも攻めるも守るも、ビジネスを制するのは手元の資金であり、十分な資金があればこそ、以下のようなことが可能になります。
- 選択肢が持てる
- 有利な交渉ができる
- 必要な投資ができ
- ライバルに先駆けて動ける
- 迅速な決断や決定ができる
- 優秀な人材を雇える
- 優秀な会社に業務を発注できる
「売上が上がれば、会社の現金も増えるはず」と思いがちですが、現実にはその逆のことが起こりがちです。
特に前受けや現金で入金される業種でなければ、売上が大きくなるほど資金繰りはかえって苦しくなる傾向にあります。
なぜ、儲かっているはずなのに資金繰りが苦しくなるのか。
- 入金サイクルの長期化
大きな取引ほど、発注~納品~入金までの期間が長くなる傾向にあります。 関係者が多い大企業との取引では、合意形成だけでも時間がかかり、修正依頼が重なれば、入金予定日はどんどん遠のいてしまいます。 - 先行する支出
売上に対応するための設備投資や人員増加に伴う人件費は、入金を待たずに発生し続けます。 手元の現金は出ていく一方で、入金はまだまだ先という状況が続くのです。 - 入金されても消えていくお金
待ちに待った入金があっても、そのお金は、未払いだった材料費、従業員の残業代、設備投資の支払いなどにあっという間に消えていきます。
業績が上がれば資金繰りも楽になるはずという希望的観測を持ちがちなのですが、現実は、業績が良いほど資金繰りは大変になります。
資金に余裕がない状態で利益が出そうになったときに、節税のために保険商品などを契約し、さらに手元の現金を減らしてしまうなどといったケースも少なくありません。
結果、資金不足によって大きなビジネスチャンスを逃したり、必要な投資ができずに競争力を失ってしまうという悲劇が起こってしまいます。
また、多くの中小企業が陥りがちなのが、「お金に困ったら銀行に借りればいい」という考えです。
ただ、銀行も利益を追求する一企業なので、”貸したお金を、利息を付けてきちんと返してくれるか”という視点でしか会社を見ていません。
つまり、会社が赤字に転落したり、資金繰りが悪化したりして、「本当に資金が必要になったとき」には、銀行は「貸倒れリスクが高い」と判断し、融資の扉を固く閉ざしてしまうこともあり得ます。
反対に、業績が良く、手元資金も潤沢で、「今すぐにはお金を借りる必要がない」という会社の元には、”うちから借りてくれませんか”と積極的に融資を提案してきます。
これは、「中小企業は“借りたいとき”に借りられるわけではなく、“銀行が貸したいとき”にしか借りられない」という現実を示しています。
この銀行との力関係を理解せず、いざという時に慌てて融資を申し込んで手遅れになるケースがよくあります。
このような状況を踏まえると、「お金が足りなくなるから借りる」という受け身の姿勢を捨てることが重要と考えられます。
「お金のことで悩まなくていいために、あらかじめ借りておく」という、攻めの財務戦略へとマインドセットを切り替えることが求められます。
会社の成長を止めない「手元資金」という生命線
会社の成長に欠かせないのが、攻めにも守りにも重要な「手元資金」です。
冒頭で触れたように、十分な手元資金は、有利な交渉、先行投資、迅速な意思決定、そして優秀な人材確保を可能にします。
では、具体的にどれくらいの資金を手元に置いておくべきなのか。
多くの会社では、月商の約1ヶ月分程度しか手元資金がないことが多いですが、この水準では、賞与の支払いや納税資金の捻出も難しく、常に資金繰りに追われることになります。
まず目指すべきは「月商の2ヶ月分」で、 これだけあれば、賞与や納税などの季節性の大きな出費にも耐えられるようになります。
次に「月商の3ヶ月分」。
ここまで手元資金を厚くできれば、資金面は盤石と言え、新たな大型受注も心から喜べる状態になるでしょう。
人はいままで得たことのない大金を手にすると気が大きくなってしまうものですが、銀行から借りたお金は決して自分のお金ではないという事実にいち早く慣れて、手元資金が月商2ヶ月分を切ることに不安を感じるようになれれば、事業も銀行との付き合いもスムーズに進むようになります。
発想の転換:「守り」の資金繰りから「攻め」の財務戦略へ
多くの経営者が「借入はしないほうがよい」という固定観念に縛られています。
しかし、会社の成長を加速させるためには、この考え方を180度転換させる必要があります。
この「借入をしない」という考えのまま手元資金を増やそうとすると、その手段は必然的に”節約”一辺倒になります。
しかし、その姿勢は、必要な経費の削減、未来への投資の見送り、取引先への支払いを遅らせるといった、会社の成長にブレーキをかける行為に他なりません。
これでは、目先の資金は確保できても、長期的には事業が停滞し、支払いの遅延は取引先からの信用を失墜させ、ライバルに顧客を奪われるという最悪の事態を招きかねません。
最も確実な方法は、やはり「借りること」です。
ただし、その目的を大きく変え、お金を「足りなくなるから借りる」のではなく、「お金のことで悩まなくていいために借りる」というように思い、判断していくことで事業そのものがスムーズになってきます。
”利息がもったいない”と考えるかもしれませんが、今の低金利時代において、支払う利息は経営全体で見れば決して大きな額ではありません。
むしろ、そのわずかな利息は、経営者が資金繰りの心配から解放され、本来の業務である”事業を成長させること”に集中するためのコスト、いわば”安心料”と捉えるべきと考えられます。
また、借りたお金に手を付けず、そのまま返済だけをしていけば、最終的なコストは金利分だけです。その金利は、会社の存続を盤石にするための「保険料」だと考えれば、決して高くはありません。
「借金を返せなくなったら会社が潰れる」というのは、多くの経営者が抱く恐怖であり、最大の誤解の一つです。
しかし、本質は真逆で、会社が倒産する唯一の理由は、借入の有無に関わらず、「手元の資金が尽きるから」であると考えられます。
9割の経営者が陥る、銀行取引の5つの誤解
銀行との付き合い方には、多くの経営者が信じている誤解があります。
- 取引銀行は1行に絞った方が良い?
複数の銀行と付き合い、競争させることで有利な条件を引き出すことができます。 1行に絞ると、その銀行に切られたら終わりというリスクを抱えることになります。 - 借入残高が少ない方が融資を受けやすい?
銀行は「お金を借りている相手にこそもっと貸したい」と考えています。 多くの銀行から多額の借入をしている会社は、それだけ「信用力が高い」と評価されます。 - 中小企業は保証協会を付けないと借りられない?
継続的に利益を出し、会社の信用度が上がれば、金利などの条件が良い「プロパー融資」を受けることは十分に可能です。 - 借入額を半分にすれば、支払う金利も半分になる?
銀行も商売であり、融資1件ごとに管理コストがかかっています。 借入額が少なくなると採算が合わなくなり、かえって金利を上げられてしまう可能性があります。 - 借入がなくても預金があれば銀行は信用してくれる?
銀行は、融資をして利息を払ってもらって初めてお客様として認識します。 いざという時に借りるためには、日頃から少額でも借入をして「取引実績」を作っておくことが重要です。
目指すべきは「無借金経営」ではなく「実質無借金経営」
無借金経営は、確かに理想的な状態の一つです。
しかし、それには「手元資金が月商の3ヶ月分確保できている」という絶対的な条件が付きます。
この条件を満たしていないのであれば、無理に無借金を目指すべきではなく、むしろ、借りてでも手元資金に余裕を持たせるべきと考えられます。
目指していくのは、「実質無借金経営(預金の残高 ≧ 借入金の残高)」であると考えられます。
銀行は、この「実質無借金」の会社を高く評価します。なぜなら、いざとなれば預金でいつでも返済できる能力があると判断するからです。
つまり、「借入ゼロで預金もゼロ」の会社より、「3,000万円を借りて、預金が3,000万円ある」会社の方が、銀行からの信頼は厚いということです。
また、手元に十分な資金があるという安心感は、経営者に冷静な判断を促し、より良い投資決定へと繋がるのです。
