節税対策が、会社の成長に不可欠な「銀行融資」の道を閉ざしているとしたら再考しなければならないかもしれません。手元資金を増やし、会社の成長を加速させるための”賢い銀行との付き合い方”を考えます。
松波竜太著「その節税が会社を殺す」(総合出版すばる舎)を参考にして。
銀行との交渉を始める前に知っておくべき”本質”と”自社の立ち位置”
多くの経営者は、銀行を”困った時に助けてくれる存在”と考えがちですが、それは大きな誤解です。
銀行は慈善事業を行う救済機関ではなく、本質は利益を追求する”営利企業”です。
”晴れの日に傘を貸し、雨の日に取り上げる”と揶揄されるように、銀行が融資したいのは経営が苦しい企業ではなく、利子を含めて確実に返済してくれる企業です。
かといって、”貸してくれないと経営が大変だ”と下手に出る必要もありません。
お互いにメリットがあるから取引するという、対等な関係で付き合うべきです。
あなたの会社は銀行からどう見られている?3項目で考える
銀行と対等に交渉するためには、まず自社が銀行からどう見られているかを知ることが重要です。
- 損益計算書の「当期純利益」はプラスか?
- プラスの場合: 強気な交渉ができる可能性が高い
- マイナスの場合: 強気な交渉は禁物
- 貸借対照表の「純資産の部計」はプラスか?
- プラスの場合: 強気で交渉して大丈夫
- マイナスの場合(債務超過): 交渉は非常に困難。銀行が撤退を考えてもおかしくない状況。
- 貸借対照表の「現金・預金」は月商の何ヶ月分あるか?
- 月商1ヶ月分: 自信を持って交渉しましょう
- 月商2ヶ月分: かなり強気で交渉を進められます
- 月商3ヶ月分: 交渉の主導権を握れるほどの盤石な状態
結局のところ、銀行との良好な関係を築くための基本は、以下2点に尽きます。
- 直近期で赤字になっていないこと
- 手元資金をきちんと確保していること
取引は一銀行だけ?その危険性
銀行対策と聞くと、事業計画の作成や利益を出すことを思い浮かべるかもしれません。
しかし、それ以上に大切なことがあります。
それは、「”どう”付き合うか」ではなく、”どの”銀行と付き合うか」です。
なぜなら、会社の業績が同じでも、銀行や支店長、担当者によって評価は全く異なるものだからです。
「一行取引」に潜む大きなリスク
特に注意したいのが、取引銀行を一つに絞ってしまう「一行取引」といわれています。
銀行からぞんざいに扱われているとしたら、その原因は取引銀行が少ないことにあるかもしれません。
一行取引には、以下のようなリスクが潜んでいます。
- 相場より不利な条件(高い金利など)を押し付けられても気づけない。
- 融資を断られた原因が自社にあるのか、銀行側にあるのか判断がつかない。
- いざという時に、その銀行からそっぽを向かれたら頼る先がいない。
複数の銀行と付き合い、適度な緊張感を保つことが、安定した経営の鍵となります。
自社が銀行からどう思われているか?
現在取引している銀行が、あなたの会社に本気で融資する気があるのか、以下のような項目で考えてみるとよいと考えられます。
- 金利が2%を超えている
- 担当者は呼ばなければ来てくれない
- 担当者の段階でで、「支店長や保証協会がOKしないと思う」などと断られる
- 担当者が一度も上司(課長、支店長など)を連れてきたことがない
- 会社の将来像や経営方針に興味を示さない
- 他の銀行の動向を尋ねられたことがない
- 午後5時を過ぎると会ってくれない
- 担当者がドタキャンをする
- 決算書のあら探しをされ、無理難題を言われる
- 保証協会付き融資しか勧められない
今付き合っている銀行との関係が良好だとしても、銀行は、銀行そのものの方針や取引支店の支店長が交代しただけでもガラリと変わります。
そうならないためにも、複数の銀行と付き合い、戦略的に銀行を選ぶ視点を持つことが大事であると思われます。
メガバンク、地銀、信金…自社に最適な金融機関の選び方
「銀行」と一括りに言っても、その種類や特徴は様々です。
自社の規模や目的に合わせて、付き合うべき金融機関を見極めることが重要です。
| 金融機関の種類 | 特徴 |
|---|---|
| 都市銀行 (メガバンク) | ・金利は低い傾向にある ・中小企業への融資にはあまり積極的ではない ・海外進出を計画している企業にとっては、頼りになる |
| 地方銀行 | ・地域経済への融資を主な業務としている ・中小企業に対して親身になってくれることが多い ・金利や返済条件なども柔軟 ・借入総額が3000万円を超えるならメインバンクとして最適 |
| 信用金庫・信用組合 | ・中小企業や個人への融資に特化 ・小回りが利く ・1000万円以下の保証協会付き融資が中心 ・金利は若干高め |
| 政府系金融機関 (日本政策金融公庫) | ・融資判断がスピーディー ・新規開業資金に強い ・赤字でも融資を受けられる可能性があるマル経融資などの制度もある ・税理士や商工会議所との連携が強い ・300~1000万円程度の融資が得意 ・保証協会の保証が不要 |
融資を引き出すための金融機関ポートフォリオ戦略
付き合うべき金融機関の種類がわかったら、次はそれらをどう組み合わせるかが重要になります。
融資の総額によって、最適な組み合わせは変わってきます。
融資総額3,000万円までの組み合わせ
初めての借入や、まだ融資総額が少ない場合は、以下のステップで取引銀行を増やしていくのがおすすめです。
- 日本政策金融公庫(公庫)からスタート
まずは公庫で500〜1,000万円の融資を目指します。公庫は預金口座を持たないため、融資金の入金や返済のために他の金融機関に口座を開く必要があり、自然な形で次の銀行取引へと繋げやすくなります。 - 「公庫」+「信用金庫」
次に小回りの利く信用金庫との取引を始め、1,000〜2,000万円の融資枠を確保します。 - 「公庫」+「信用金庫」+「地方銀行」
さらに地方銀行を加えることで、3,000万円までの融資枠を目指します。
融資総額3,000万円を超える組み合わせ
「公庫」+「地方銀行 × 複数行(3000万円を超えるごとに1行増)」
- ライバル銀行を組み合わせる
地域で競合している地方銀行同士を組み合わせることで、「あそこには負けられない」という競争意識が働き、より良い条件を引き出しやすくなります。 - 県外地銀の支店を狙う
他県に本店を置く銀行の支店は、地元の金融機関に対抗するため、金利や融資期間などで好条件を提示してくれることが多いです。 - 日本公庫は必ず入れる
どんな事業規模になっても、日本公庫との取引は継続しておいたほうがよいと考えられます。民間金融機関は業績が悪化すると融資に消極的になりますが、日本公庫は返済実績を非常に重視するため、いざという時のセーフティーネットになります。
門前払いを防ぐ!取引銀行を増やすための「紹介」と「仕掛け」の技術
新しい銀行との取引を始める際、いきなり窓口に相談に行くのは得策ではありません。
何の紹介もなく訪ねてくる企業に対し、銀行は「今付き合っている銀行から断られたのでは?」と警戒心を抱いてしまうところがあります。
新規取引を成功させる2つのルート
では、どうすればスムーズに取引を開始できるのでしょうか。方法は2つあります。
- 信頼できる人からの「紹介」を受ける
- 知り合いの経営者: 特にその銀行と良好な取引関係にある経営者からの紹介は非常に効果的です。
- 会計事務所や商工会議所: これらも金融機関と密接な繋がりを持っているため、力強い味方になります。
- 銀行からアプローチされるように仕向ける
- 銀行からの営業を断らない: 銀行からの飛び込み営業や営業電話は、取引を始める絶好のチャンスです。
- 決算書の提出依頼には快く応じる: 取引のない銀行から「決算書を見せてほしい」と言われたら、チャンスです。銀行は融資を検討していない企業に決算書の提出を求めません。
最初の取引では、銀行にとってリスクの低い「保証協会付き融資」や「手形割引」を提案するのがおすすめです。
たとえ金利などの条件が多少悪くても、まずは”取引を始めること”を最優先に考え、実績を作ることが大切です。
銀行員はここを見る!融資審査で最重要視される決算書の5大ポイント
銀行から融資を引き出すために最も重要な資料が「決算書」です。
銀行員が決算書のどこを見ているのかを知れば、事前に対策を打つことができます。
銀行員がチェックする5つのポイント
銀行員が見るポイントは、既存の取引先か、新規の取引先かによって少し異なります。
| 既存の取引銀行 | 新規の取引銀行 | |
|---|---|---|
| まず見る場所 | 損益計算書 | 貸借対照表 |
| 最重要項目 | ① 当期純利益 (黒字か赤字か) | ① 純資産合計 (債務超過でないか) |
| 2番目に見る項目 | ② 売上高 (前期と比較して増減しているか) | ② 売上高と当期純利益 (会社の規模と収益力) |
| 3番目に見る項目 | ③ 現金及び預金 (月商の何ヶ月分あるか) ④ 借入金 (年商に対して過大でないか) | |
| 全体 | ⑤ 前期との比較 売上や利益がどう変化したかを重視 | ⑤ 全体のバランス 借入金が年商の半分を超えていたり、預金が月商1ヶ月分を切っていたりすると警戒される。 |
決算書で絶対NGな「役員貸付金」
特に注意が必要なのが、決算書に「役員に対する貸付金」が載っているケースです。
これは銀行から「返ってくる見込みのないお金(不良債権)」と考えられてしまい、融資審査で非常に大きなマイナスとなります。
特に保証協会は、この項目を厳しくチェックします。
もし役員貸付金がある場合は、毎年着実に返済している実績を示したり、私有財産を会社に売却したりしたいところです。
評価を最大化する決算書の戦略的コントロール術
会社の成長のためには、銀行から高く評価される決算書が不可欠です。
それは単に大きな利益を出すことではなく、ちょっとした心がけです。
利益は平準化し、赤字は2期続けない
銀行からの評価を最も高める利益の出し方には、2つの鉄則があります。
- 利益は毎期、平均的に出す
ある年に700万円の黒字を出し、翌年に100万円の赤字になるよりも、2期連続で300万円の黒字になるように調整する方が、銀行からの評価は圧倒的に高くなります。銀行は単発の大きな黒字より、安定して利益を出し続ける企業を好むものです。 - 赤字は1期に集約し、2期連続の赤字は絶対に避ける
もし2期連続で300万円ずつの赤字が見込まれるなら、思い切って1期目に赤字を700万円に集約し、翌期は100万円の黒字を確保する方が賢明です。銀行は、2期連続の赤字を嫌います。
最重要指標は「経常利益」
決算書には様々な利益がありますが、銀行交渉において最も重要なのは「経常利益を確保すること」です。
そのために、会計処理を見直すだけでも利益の表示を改善できる場合があります。
- 退職金、特別償却、不動産取得税、不動産取得税などその期にしか発生しない費用
→「特別損失」として処理 - 営業外収益に対応する費用が一般管理費などに入っている場合
→「営業外費用」として処理 - 製造原価と一般管理費の振り分けを明確に行う
- 役員・株主からの借入金は長期借入金と別に独立表示する
- 返済期限の長い長期資金に借り換える
- 営業外収益のなかで売上高に計上すべきものは売上高に計上する
これらの処理を適正化するだけで、経常利益や営業利益が大きく改善されるケースは少なくありません。
過度な節税は、この最も重要な経常利益を減らし、決算書の数字を悪化させてしまいます。
目先の税金を安くすることに捉われるのではなく、銀行から高く評価され、いつでも必要な資金を調達できる強い財務体質を作ることこそが、会社の成長を加速させる一番の近道といえます。
節税が会社の成長を遅らせる
利益のコントロールのしやすさは、事業年度の組み方(決算月をいつにするか)に大きく左右されます。
例えば、事業年度の終盤に利益が集中するような事業サイクルの場合、期末が近づいてから慌てて利益の処分、つまり節税策を考えなくてはならなくなります。
これでは、本来行うべき未来への「投資」の意思決定が遅れ、成長の機会を逃すことになりかねません。
理想は、事業年度の初めの方に利益が大きく出るように決算月を設定することであると考えられます。
期初に利益が確保できていれば、年間を通じて計画的に設備投資や人材採用などを検討でき、適切なタイミングで実行できます。
適切な投資が行われていれば、会社は成長し、結果として期末に利益が余りすぎて困るという事態にはなりません。
つまり、「節税」を考える時点で、経営としては後手に回ってしまっている可能性があるのです。
会社の成長を第一に考えるなら、節税よりも戦略的な投資を優先する視点が不可欠です。
会計処理の見直しだけで利益は改善できる
多くの決算書では、「その期にしか発生しない特別な経費」が、本来の事業の儲けを示す経常利益を圧迫しているケースが見受けられます。
例えば、以下のようなものは本来「特別損失」として処理すべき費用であるため、これらを販売費及び一般管理費で処理してしまうと、経常利益が不当に低く見えてしまいます。
- 従業員の退職金
- 新規出店費用
- 事務所の移転費用
- 不動産取得税
- 特別償却
また、「雑収入」に対応する経費は、製造原価や一般管理費には入れず、「営業外費用」として対応させたほうがよいと考えられます(従業員社宅家賃等)。
他にも、建設業協力金などについては、雑収入にせずに外注費から直接控除するなども挙げられます。
2期連続の赤字が避けられない場合の先手必勝策
もし2期連続の赤字が避けられないと判断した場合は、先手を打つことが重要です。
赤字の決算が確定する前に、既存の取引銀行に来期1年分の返済に必要な額の融資を申し込みましょう。
それまでに黒字決算が続いていれば、「赤字の要因は明確で、既に対策済みであり、来期以降は黒字化が可能です」と具体的に説明することで、融資を受けられる可能性は十分にあります。
巻き返しを図るためには、少なくとも「翌期1年分の返済資金と月商1ヶ月分の運転資金」が手元に残っているうちに手を打つ必要があります。
