DX(デジタルトランスフォーメーション)を進める際、やみくもに流行のシステムを導入しても、「自社の業務に合わなかった」「機能が多すぎて誰も使ってくれない」「導入コストだけがかさんだ」といった理由で、貴重な経営資源と時間を浪費する結果になりかねません。DXの本質は、高価なツールを導入することではなく、既存の業務プロセスそのものを見直し、最適化することにあります。自社の業務を根本から改善し、確実な成長を後押しするために、外部のベンダー任せにせず、経営者ご自身が押さえておきたい業務改善の具体的な5つのステップについて。
ステップ1:業務の棚卸(現状把握)
業務改善の第一歩は、現状を正確に、かつ客観的に把握することです。
これは例えるなら、家のリフォームの前に、まず現在の設計図と柱や配管の位置を正確に知る作業に似ています。
「いつ、誰が、どのような流れで、どれくらいの時間をかけて」業務を行っているかを、まずは丁寧にヒアリングし、洗い出します。
このとき、非常に重要なのが、管理職だけでなく、実際に手を動かしている現場の担当者、双方から話を聞くことです。
なぜなら、管理側が認識している「本来あるべき業務フロー」と、現場が実際に行っている「日々の業務実態」との間には、しばしば大きなギャップが存在するからです。
(例えば、管理側は「A→B→C」と認識していても、現場では「A→B’(独自作業)→B”(確認)→C」といった余分な手間が発生しているケースなど)。
さらに、現場の担当者に業務日報や調査票を記入してもらうだけでなく、可能であれば実際の作業を見学させてもらう「立会調査」も非常に有効です。
ヒアリングだけでは言語化されなかった「無意識の癖」や「ちょっとした手待ち時間」、「頻繁に参照している紙のマニュアル」など、効率化のヒントが現場の行動に隠されていることも多いのです。思い込みや抜け漏れを防ぐためにも、この「現状把握」は徹底的に行いましょう。
ステップ2:業務フローの可視化
ステップ1で洗い出した業務の流れを、「業務フロー図」などの形で可視化(見える化)します。
これは、バラバラだった情報を整理し、一枚の「地図」にまとめる作業です。
業務の流れを一つの図にまとめることで、文章で読むよりもはるかに直感的に内容を理解できるようになります。
この図は、関係者全員が「今、業務はこうなっている」という共通認識を持つための「共通言語」として機能します。
例えば、営業部と経理部の間で「請求書処理」の流れについて認識がズレていると、改善の議論が噛み合いません。
業務フロー図があれば、「問題なのはこの部分だ」と全員が同じ場所を指差して議論できます。
さらに、このプロセスで「特定の担当者に業務が集中している(ボトルネック)」「A部署でもB部署でも同じデータを入力している(重複作業)」「承認印をもらうためだけに他フロアへ移動している(物理的な無駄)」といった問題点を発見しやすくなります。
この「可視化」こそが、次のステップである具体的な「問題点」を見つけるための強固な土台となります。
このステップを飛ばして感覚的に改善を進めようとすると、問題の根本原因を見誤るリスクが高まります。
ステップ3:課題の特定
業務フロー図が完成したら、それを関係者で眺めながら「二重入力が発生している」「承認待ちの時間が長く、業務が停滞している」「紙の書類を探すのに時間がかかっている」「顧客からの問い合わせ対応に時間がかかりすぎている」「単純なミスが特定の工程で多発している」といった、目に見える具体的な「問題(解決したい事項・現象)」を洗い出します。
ここで最も大切なのは、洗い出した「問題」をそのまま解決しようとしないことです。
重要なのは、「なぜそれが起きるのか?」を掘り下げ、本当に取り組むべき「課題(問題を解決するために取り組むべき根本原因)」 を特定することです。
「二重入力が起きる」という問題(現象)の裏には、「システム同士が連携していない」という課題が隠れているかもしれません。
この掘り下げには、例えば「なぜなぜ分析」が有効です。
「なぜ二重入力が起きる?」→「AシステムとBシステムが連携していないから」→「なぜ連携させていない?」→「導入時の要件定義になかったから」→「なぜなかった?」→「当時、Bシステムは導入されていなかったから」…というように深掘りすることで、対処療法の「入力を頑張る」ではなく、「システム連携を図る」という根本的な課題が見えてきます。
すべての課題に一度に取り組むのは非効率なため、「改善効果の大きさ(インパクト)」と「実行の容易さ(コスト・時間)」の2軸で優先順位をつけることも重要です。
「すぐにできて効果も大きい(クイックウィン)」ものから着手すると、現場のモチベーション維持にも繋がります。
ステップ4:解決策の策定
取り組むべき課題の優先順位が決まったら、いよいよ具体的な解決策を考えます。
その際、いきなり「システム導入」を考えるのではなく、まずは「ECRS(イクルス)の原則」というフレームワークに沿って検討することが、無駄な投資を避ける上で非常に役立ちます。
- E (Eliminate):排除
→ その作業、なくせないか? (例: 誰も見ていない形式的な日報の作成をやめる。週報に統合する) - C (Combine):統合
→ 複数の作業をひとつにまとめられないか?
(例: 部署ごとに行っていた備品発注を、総務部が一括で行う。これによりボリュームディスカウントが効く可能性もある) - R (Rearrange):整理
→ 順序や場所を入れ替えて効率化できないか?
(例: 承認フローを見直し、一定金額以下の決済は上長の承認を不要にし、経理に直接回す) - S (Simplify):簡素化
→ もっと単純な作業にできないか?
(例: 手書き伝票をExcel入力に変える。さらに進めて、スマートフォンから直接経費申請できるシステムを導入する)
このE→C→R→Sの順番で検討するのが、最も改善効果が高い(コストがかからずに大きな効果を生みやすい)とされています。
多くの場合、システム導入(DX)は、最後の「S(簡素化)」の一環として検討されます。
しかし、その前に「そもそも、その業務は必要か?(E)」「まとめられないか?(C)」を見極めることが、無駄なシステム投資を避け、コストを抑えながら高い効果を生むための最大の鍵となります。
「不要な業務」をそのままデジタル化(S)しても、「無駄が固定化・高速化」されるだけであり、真の業務改善にはなりません。
ステップ5:提案の実行・運用
解決策(ECRSの検討を経た上で、システム導入も含む)が決まったら、いよいよ実行に移します。
まずは、関係者全員で「何のために(目的)、何を(目標)、いつまでにやるのか」という共通のゴールを明確に共有するためのキックオフミーティングなどを開催しましょう。
可能であれば、経理、営業、IT担当など、関連する部署を横断した「DX推進チーム」のようなプロジェクトチームを立ち上げると、責任の所在が明確になり、一部署の都合だけでなく「全社最適」の視点で物事を進めやすくなります。
そして、このステップで最も重要なのは、「導入して終わり」にせず、「継続的な効果検証」 の仕組みを組み込むことです。
例えば、「紙伝票をゼロにする」という最終目標(KGI: Key Goal Indicator) に対して、「3ヶ月後までに紙伝票を50%削減する」「半年後にはシステム入力率を90%に達成する」といった短期的な達成目標(KPI: Key Performance Indicator) を具体的に数値で設定します。
そして、計画通りに進んでいるかを定期的にチェックし(Check)、「思ったより進んでいない」「現場から使いにくいという声が上がっている」といった状況であれば、その原因を探り、やり方を見直す(Action) 必要があります。
「実行して終わり(Doで終わり)」ではなく、この小さな改善サイクル(PDCA)を回し続けることが、DXを「絵に描いた餅」で終わらせず、現場に定着させ、成功に導く唯一の道です。
まとめ
DX推進は、単に新しいシステムを導入することがゴールではありません。
それは、経営者が思い描く自社の「あるべき姿」 (例えば「単純作業から解放され、社員がより創造的な仕事に集中できる会社」)を実現するための、非常に強力な「手段」です。
今回ご紹介した5つのステップ(①業務の棚卸、②業務フローの可視化、③課題の特定、④解決策の策定、⑤実行・運用) は、一見遠回りに見えますが、業務改善を進めるための王道であり、確実な成果を出すための最短ルートであるといえます。
