バックオフィスDX実践ガイド!①

日々の請求書発行や経理処理、見積書の作成、契約書の管理といった業務に追われ、「本当にやるべき仕事」であるはずの経営分析や未来の戦略策定、顧客との対話などに時間を割けていない課題の解決の鍵となるのが、バックオフィス業務のDXだと思います。

目次

DXは「手段」。生み出した時間で提供価値を最大化する

DX推進において最も重要な、しかし最も見失いがちな考え方があります。

それは、「DXは目的ではなく、目的達成のための手段である」ということです。

ある企業では、この考えを徹底し、DXによって従来型の定型的な業務を業務全体の3割にまで圧縮したという事例もあります。

結果、残り7割というリソースを、「お客様の真のお悩み解決」や「経営予測」、「新規事業開拓」といった、付加価値の高い業務に振り向けることに成功しています。

この変革の根底にあるのは、DXを”時間という最も貴重な資源を確保するための強力な手段”と明確に位置づける経営判断です。

コア業務に集中することが企業の競争力を高めるという「目的」が明確だからこそ、それを実現する「手段」としてのDXが強力に推進されたのです。

DXがもたらす3つのコストダウン効果

DXを戦略的に推進することにより、企業は主に3つの大きなコストダウン効果を享受できます。

これらは単独で作用するのではなく、相互に連関しあってさらに加速させるものであると考えられます。

  1. 時間コストの削減
    • 情報へのアクセススピードが格段に向上します。紙のファイルを探す、過去のメールを検索するといった無駄な時間がゼロに近づきます。
    • クラウド会計などを活用することで、リアルタイムでの業績把握が可能になり、未来予測(資金繰りシミュレーションなど)の精度が上がります。これにより、潜在的なリスクを先読みして回避策を講じることが可能になります。
  2. 金銭コストの削減
    • ペーパーレス化による紙代・印刷代・保管スペースの削減はもちろんですが、特に効果が大きいのは、少人数での効率的な業務運営が可能になる点です。
    • 人件費や事務所賃料といった巨額の固定費を大幅に削減できる可能性を生み出します。これは、企業の損益分岐点を劇的に引き下げることにつながります。
  3. 精神コストの削減
    • 上記2つのコスト削減、特に固定費のプレッシャーから解放されることで、経営者や従業員の精神的な負担が大幅に軽減されます。
    • 「売上のために望まない取引を無理に受ける」といった必要がなくなり、自社の理念に合った顧客と健全な関係を築くことに集中できます。
    • また、スタッフの採用・教育・労務管理といった人的な悩みからも解放され、より創造的な業務に思考を集中させることが可能になります。

これら3つのコストが下がることで、企業には「余裕」が生まれることになります。

そしてその余裕こそが、新しいサービス開発や顧客満足度の向上といった、次の価値を生み出すための「時間的・精神的な投資」を可能にします。

事例に学ぶ!バックオフィスDXの具体的なツールと活用法

この企業では、日常業務のあらゆる場面でクラウドサービスやSaaS(Software as a Service)をパズルのように組み合わせ、徹底した自動化・効率化を実現しています。

業務領域活用ツール・手法期待できる効果(効用)
インフラ(紙の管理)・スキャナ
・クラウドストレージ
・紙媒体を全てスキャンしクラウドへ保存。「紙は即スキャン、即廃棄」をルール化。
・物理的な保管場所が不要になり、オフィススペースを有効活用。24時間どこからでも情報にアクセス可能。
会計業務・会計ソフト(銀行・カード連携)
・文字起こしサービス
・銀行やカードのデータはAPI連携で毎日自動連携。手入力によるミスやタイムラグを撲滅。
・紙の証憑はスキャンして文字起こしサービス経由で連携。
・AIが仕訳ルールを学習し、使えば使うほど入力作業がほぼゼロになる。
郵便・発送・Webゆうびん・PDFをアップロードするだけで、印刷・封入。
・郵送作業をアウトソース。切手や封筒の管理、郵便局に行く手間が不要に。
備品購買・ネット通販(Amazonなど)
・宅配ボックス
・必要な備品をネットで即時発注。店に行く時間や探す手間を削減。
・宅配ボックスの設置で、受取りのための在席や再配達の手間も解消。
FAX・インターネットFAX(eFaxなど)・PCやスマホ上で送受信が完結。受信データはGmailなどで確認でき、不要な広告FAXもデータ上で簡単に削除可能。高価な複合機が不要に。
支払業務・ネットバンク
・法人カード
・自動振込サービス
・「現金は一切扱わない」ルールを徹底。これにより、現金出納簿の管理や残高確認といった煩雑な事務をゼロにする。
・金融機関の窓口やATMに行く必要がなくなる。
・毎月の決まった支払(家賃、リース料、顧問報酬など)は自動振込設定で手間も忘れもゼロに。
入金(集金)・QRコード決済
・クレジットカード決済
・請求書にQRコードを印刷する、決済リンクを送るなどで、顧客の入金の手間を削減し利便性を向上。入金サイクルの短縮にも寄与。
ナレッジ管理・スプレッドシート
・スキャナ
・実務であった取扱い(FAQ)やノウハウをスプレッドシートに蓄積。「誰でも検索できる」状態にし、業務の属人化を防止。検索可能な「虎の巻」を作成。
・有益な記事や雑誌もスキャン保存し、PDFの文字検索機能で必要な情報を素早くアクセス。

DXによる変革:業務フローを「下流」から「上流」へ

従来のアナログな業務フローは、よく川の流れに例えられます。

  • 上流:契約、取引の発生
  • 中流:請求書や領収書の収集・とりまとめ
  • 下流:記帳・チェック・決算

この古い流れでは、すべての問題(書類の不備、処理の遅れ、情報の不足)は「下流」に蓄積し、下流工程での事務量とリスク(ミスの発生、業績把握の遅れ)が膨大になっていました。

DXによる本質的な改革はこの流れ自体を根本から変えることができます。

「下流」で待つのではなく、「上流」の企業活動の仕組み(=ワークフロー)自体を、デジタル前提で再設計します。

例えば、「契約は電子契約で行う」「請求はクラウド請求書で発行する」「経費はキャッシュレスで決済しデータ連携する」といった仕組みを上流に組み込むことで、中流・下流の仕事は自動的に、そして劇的に激減します。

個人の気合や根性、注意力に頼る改善(5~10%の効率化)ではなく、ルールや枠組み(仕組み)ごと変えるDXだからこそ、200%、300%といった桁違いの生産性向上が可能になります。

クラウド会計ソフトを軸に業務フローを半自動化する

DXを成功させるもう一つの方策は、「クラウド会計ソフト」を業務の絶対的な軸(データのハブ)として据え、関連する業務フローをすべてAPI連携などで連動させ、業務全体を半自動化することです。

DXを”自社が望ましいと考える世界(=付加価値の高い業務に集中できる状態)を実現するために、主にITで実現できること”と定義し、徹底したペーパーレスとキャッシュレスを敢行していきます。

ペーパーレス・キャッシュレス戦略

この戦略の核心は、”中途半端にやらない”覚悟にあります。

  • 紙の完全排除
    事務所には紙の書類を一切置かず、プリンタや複合機すら設置しない。
    もし紙の書類を受け取ったら、即スキャンしてデータ化し、廃棄します。
    紙とデータが混在すると、結局「あの書類はどこだ?」と探す時間が発生し、非効率が残るためです。
    情報共有はすべてクラウドストレージに一本化します。
  • クラウド会計100%
    クラウド会計ソフトは、データを活かすDXの考え方と非常に相性が良い。
    銀行・カードデータの自動同期や、リアルタイムでの情報共有も効果が大きい。
  • 関連業務の徹底的な電子化
    • 請求書:クラウド会計上や外部連携サービスで作成・送信。紙での郵送は行わない。
    • 年末調整:クラウド給与計算ソフトで実施。従業員がスマホで回答すれば完了する仕組みを構築。
    • 申請手続:GビズIDなどを活用し、税務・社会保険の手続きも100%電子申請を徹底。
  • キャッシュレスの徹底
    • 売上:クレジットカード決済(自動課金サービス)を導入し、請求・入金管理の手間をなくす。
    • 納税:源泉所得税や住民税の支払いも含め、「紙の納付書で銀行窓口に行く」という行為をゼロにし、電子納税(ダイレクト納付)を必須としています。

この徹底した戦略は、業務効率化だけでなく、「仕事は場所を選ばない」「スピードが最優先」といったデジタル時代の企業文化を醸成する効果もあります。

業務フロー半自動化の事例(従業員数十名規模)

クラウド会計を中心に各種SaaSを連携させることで、日常業務は以下のように半自動化されます。

業務領域活用ツール例自動化・連携の概要
経費精算クラウド経費精算ソフト・従業員がスマホで領収書を撮影し申請。
・管理者がデータで承認。
・承認データが会計ソフトと給与計算ソフト(立替払)に自動連携。
給与計算クラウド給与計算ソフト ・従業員が勤怠を入力(または勤怠ソフトから連携)。
・管理者がレビューし確定。
・給与明細がWebで自動発行され、会計ソフトにも仕訳が自動連携。
請求書作成クラウド請求書ソフト ・請求書を作成し、システムからPDFでメール送信。
・発行と同時に、会計ソフトに売上・売掛金の仕訳が自動連携。
会計・申告クラウド会計ソフト・銀行口座やカードデータは毎日自動同期。
・経理担当は「入力」ではなく「確認・承認」がメイン業務になる。

この仕組みにより、日常業務がほぼ人手を介さずに(半自動で)回るため、経営者はリアルタイムで正確な数値(売上、経費、債権状況など)をダッシュボードで把握できます。

結果として、専門家との月次ミーティングも、「過去の数字の確認作業」ではなく、「最新の数字に基づいた未来の経営戦略」といった、より本質的で価値の高いコミュニケーションに時間を使えるようになります。

「つながる」システムを構築し、付加価値業務へシフトする

会計だけでなく、その周辺業務(コミュニケーション、データ管理など)もSaaSで「つなげる」ことで、記帳代行のような事務代行業から完全に脱却し、コンサルティング業務へのシフトを進めています。

なぜ「クラウド会計ソフト」がDXの中核なのか?

DXを成功させる上で、クラウド会計ソフトは単なる「会計ソフト」ではなく、企業データの「中央ハブ」として機能します。

銀行データ、経費データ、給与データ、請求データなど、経営に関するあらゆるお金の情報がクラウド会計に一元化されます。

この「データの一元化」こそが経営判断のスピードを上げ、部門間のサイロ化(情報が分断されること)を防ぐ鍵となります。

従来のインストール型ソフトと異なり、クラウド会計にはDX推進に不可欠な多くのメリットがあります。

メリットデメリットデメリットへの対策
OSや場所を選ばない
Windows以外のPC、タブレット、スマホでも利用可能。いつでもどこでも業務可能。
ネット環境への依存
通信環境が悪いと動作が遅くなる場合あり。
モバイルWi-Fiやスマートフォンのテザリング機能でカバー可能。
データの安全性
データは堅牢なデータセンター上にあり、自社のPCが故障・ウイルス感染してもデータは安全。
継続的な利用料
買取り型と異なり、毎月または年間の利用料が発生。
サーバー維持費やバージョンアップ費用が不要になるため、トータルコストでは安い場合も。
常に最新
バージョンアップの手間や費用がなく、常に最新の法令(インボイス制度など)に対応した状態で使用可能。
外部連携のメンテナンス
銀行側がセキュリティ仕様を変更すると、API連携の再設定が必要になる場合あり。
セキュリティ維持のため不可避であり、再設定作業も数分で完了。
データ連携と共有(API)
銀行・カードデータの自動取込が可能。複数拠点や外部とのデータ共有もリアルタイムで行える。
操作の慣れ
既存ソフトに慣れていると、最初は使いづらく感じることがある。
分かりやすいマニュアルが整備されているため慣れの問題。
経営の可視化
経営分析ツールや資金繰りダッシュボードが標準装備され、経営状態をリアルタイムで把握しやすくなる。
データを読み解き、経営に活かすためのリテラシー(知識や能力)が必要。

周辺業務も「つなげる」システム構築法

クラウド会計ソフトという「ハブ」を最大限に活かすには、周辺業務もクラウド化し、積極的につなげていく必要があります。

データがデジタルで「つながる」ことで、二重入力や探す時間といった非効率が徹底的に排除されます。

業務領域活用ツール例期待できる効果(効用)
コミュニケーション・GoogleChat・メールや電話、FAXでのやり取りを大幅に削減。
・情報を整理でき、履歴検索も容易。
データ保存・交換・Google Drive・大容量ファイルも安全に共有可能。
・ウイルス感染リスクや情報漏洩リスクを低減。
・資料共有が容易。
契約・押印・電子署名サービス (クラウドサイン, freeeサインなど)・押印・郵送・返送の手間と時間を削減し、契約業務をスピードアップ。
・印紙代や郵送代のコストも削減できる。
請求・入金管理・口座振替サービス
・クレジットカード決済サービス
・毎月の請求書発行や入金確認の手間を削減。
・お客様側も振込手数料や手間の削減メリットがあり、双方に利益がある。
・未入金リスクの低減にもつながる。

DXは「手段」。未来のための「時間」と「価値」を生み出そう

DXは、「時間創出のための強力な手段」です。

DXとは、単に流行りのITツールを導入すること(IT化)ではなく、自社の「目指すべき世界(=コア業務への集中、付加価値の向上、働きやすい環境)」のために、業務フローや組織のあり方ごと変革していくことです。

重要なのは、DXは”一度導入したら終わり”のプロジェクトではない、ということです。

ツールは日々進化し、ビジネス環境も変化します。

DXとは「継続的な業務改善のプロセス」そのものであり、終わりなきトライアンドエラーの繰り返しです。

ルーティン業務をDXによって自動化・効率化することで、私たちは「時間」という最も貴重な資源を手に入れることができます。

そして、その生み出された時間を使って、お客様への新しい価値提供、経営課題の分析と未来予測、従業員のスキルアップ、新しい事業の企画といった、人にしかできない創造的なコア業務にシフトしていくことができます。

今、バックオフィス業務のDXは、「やった方が良い」から「やらなければならない」待ったなしの状況へと変化しています。

この大きな変革の流れを「対応すべき面倒なコスト(守り)」と捉えるか、「自社の業務フローを根本から見直し、生産性を劇的に向上させるチャンス(攻め)」と捉えるか。

その視点の違いが、5年後、10年後の企業の競争力を大きく左右すると考えます。

まずは、自社の業務フローの中で「最も時間がかかっているアナログな作業」を見直すことから始め、ペーパーレス化、キャッシュレス化、クラウド会計ソフトを導入していく。
小さな、しかし確実な第一歩が、会社の未来を大きく変えることにつながります。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

長崎で活動する
税理士、キャッシュフローコーチ

酒井寛志税理士事務所/税理士
㈱アンジェラス通り会計事務所/代表取締役

Gemini・ChatGPT・Claudeなど
×GoogleWorkspace×クラウド会計ソフトfreeeの活用法を研究する一方、
税務・資金繰り・マーケティングから
ガジェット・おすすめイベントまで、
税理士の視点で幅広く情報発信中

目次