バックオフィスDX実践ガイド!②

バックオフィスのDX(デジタルトランスフォーメーション)は、今や企業規模を問わず経営効率化の鍵となっています。特に、人手不足の深刻化や「働き方改革」への対応が急務とされる現代において、従来のやり方を見直すことは避けて通れません。しかし、「何から手をつければいいか分からない」「高価なシステムや専門知識が必要では?」といった不安から、第一歩を踏み出せない方も多いかもしれません。大切なのは、身近な課題から「小さく始める」ことで、単なるツールの導入(デジタル化)に留まらず、業務プロセスそのものを見直す「DX」のヒントを考えます。

目次

小さく始める「スモールDX」

「スモールDX」という考え方

DXと聞くと、大規模な基幹システムの刷新や、IT専門部署によるトップダウンでの大々的なプロジェクトを想像しがちですが、必ずしもそうではありません。

特に、迅速な意思決定が可能な中小企業においては、もっと身近なアプローチが有効です。

「スモールDX」とは、高価な専用システムにいきなり頼るのではなく、まずは汎用的なクラウドツール(GoogleスプレッドシートやGoogleChatなど)の標準機能や、あるいは、安価なSaaS(サービスとしてのソフトウェア)を組み合わせ、自分たちでできる範囲から少しずつ業務改善を進める手法です。

このアプローチの最大の狙いは、初期コストの抑制だけではありません。

最も重要なのは、現場社員のDXへの心理的なハードルを下げることです。

高価なツールを導入して”使わなければならない”というプレッシャーを与えるのではなく、”まずは使ってみよう”・”意外と便利だ”という小さな成功体験を積み重ねてもらうこと。

これこそが、DXの取り組みを一過性のものにせず、組織全体に「改善文化」として定着させる鍵となります。

実践例1:アナログ資料の「データ化」が効率化の鍵

多くの企業で、クラウド会計ソフトなどを導入しても、請求書や領収書が紙のままであれば、結局「手入力」が発生し、ツールのポテンシャルを活かしきれていない、という課題があります。

スモールDXの実践では、この「資料のデータ化」という入口の徹底から始めます。

  • 手書きの帳簿や日報
    クラウド上でリアルタイムに共有できる表計算ソフト(Googleスプレッドシートなど)で直接入力してもらうようにします。
    これにより、転記作業や集計作業が不要になります。
  • 紙の請求書・領収書
    スキャンなどでPDF化し、Google Driveにアップロードするようにします。
    「本社への郵送の手間やコストが削減できる」「データの検索性が上がる」といった、現場社員へのメリットも丁寧に説明することが重要です。
  • 集まったデータ
    表計算ソフトのデータは、CSV形式などで出力・加工し、会計ソフトにインポートします。
    PDFデータは、OCR(光学的文字認識)を利用してテキストを読み取りデータ化するか、あるいはスポットで外部のクラウドワーカーを活用してデータ化(二次加工)し、インポートします。
    OCRの認識精度は向上していますが、100%ではないため確認作業は必要です。
    クラウドワーカーを活用する際は、機密情報の取り扱いに関するルールを明確にし、作業指示を具体的に行うことが円滑な運用のコツです。

このフローを確立するだけで、これまで入力作業に費やしていた時間を大幅に削減できます。

実践例2:身近なツールによる「業務管理のDX」

日々の業務管理や進捗共有も、スモールDX化しやすい分野の一つです。

高機能なプロジェクト管理システムは、多機能すぎて使いこなせなかったり、自社の独自の業務フローに合わなかったりすることも少なくありません。

そこで活用したいのが、Googleスプレッドシートのような汎用クラウドツールです。

同時編集が可能なスプレッドシートで業務管理表を作成・共有すれば、全員がリアルタイムで進捗を更新でき、「誰が」「どの作業を」「いつまでに」行うかが一目瞭然になります。

これにより、特定の人に作業が偏っていないかといった負荷状況も即座に把握でき、作業の割り振りや工数管理が格段に容易になります。

さらに、社内の各種申請手続き(休暇申請、経費精算、備品購入など)もスプレッドシートやGoogleフォームで運用すれば、紙の申請書をゼロにし、ペーパーレス化も同時に推進できます。

承認フローも「コメント機能」や「特定のセルへの入力」で行うルールにすれば、脱ハンコも実現可能です。

DX推進の鍵:「コミュニケーション」の工夫

DXを進め、テレワークなどが浸透すると、対面のやり取りが減り、コミュニケーションが希薄化しがちです。

この「心理的な距離」という新たな課題にも、クラウドツールを活用して意識的に対策します。

  • 社内向け:
    • GoogleMeet(Web会議ツール)を業務時間中の一部でつなぎっぱなしにし、雑談や軽い相談がいつでもできる「バーチャルオフィス(通称:もくもくタイム)」を設けます。
      これにより、オフィスにいる時のような一体感や安心感を醸成します。
    • 日頃の感謝や称賛をポイントなどで送り合える「サンクスカード」のクラウドサービスを導入します。
      文字にして感謝を伝え合うことで、テレワーク環境下でも良好な人間関係を維持します。
  • 社外向け:
    • GoogleChat(ビジネスチャット)を積極的に活用します。
      電話やメールよりも気軽に、迅速なやり取りが可能になります。
      非同期(相手の時間を奪わない)でのコミュニケーションが取れる点が大きなメリットです。

ツールと考え方

カテゴリ活用ツール・手法期待される効用・目的
基本思想スモールDX現場の心理的ハードルを下げ、小さな成功体験を積み、DXを定着させる。
高額投資を避け、汎用ツールで小さく始める。
資料集約クラウドストレージ
(GoogleDrive)
書類をデータで安全かつ迅速に収集。
郵送コストと紛失リスクを削減。
Googleスプレッドシート手書き帳簿の代わりに入力、データ化(転記)の手間を根本から省く。
データ加工OCR
クラウドワーカー活用
PDFなどの二次加工(データ化)を外部リソースや技術で効率化し、社員を単純作業から解放。
業務管理Googleスプレッドシートリアルタイムで業務進捗・負荷状況を共有。
ペーパーレス化も推進。
高価な専用システム導入前の第一歩とする。
社内活性化GoogleMeetテレワーク中の孤独感やコミュニケーション不足を解消、オフィスに近い雑談や相談を可能にする。
サンクスカードサービススタッフ間で感謝を可視化し、組織エンゲージメントと良好な関係性を維持する。
お客様対応GoogleChat
(ビジネスチャット)
コミュニケーションの頻度と速度を上げ、関係性を強化する。
履歴を残し、非同期での効率的なやり取りを実現。

現場主導のツール活用術 ~「人と組織を成長させる」自動化~

RPA導入で陥りがちな「3つの失敗」

RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による業務自動化は、バックオフィスDXの切り札として期待されますが、導入に失敗するケースも少なくありません。

よくある失敗例は以下の3つです。

  1. 操作が難しい
    ツールがIT専門家向けでプログラミング知識を要するなど、操作が難解なケース。
    結局、情報システム部や特定の人しか使えず、その人が多忙になると「RPA化」自体が止まってしまいます。
  2. 目的が曖昧
    現場の業務課題が不明確なまま、「RPAで何かを効率化したい」という曖昧な目的で導入してしまうケース。
    「どの業務をロボット化すべきか」が分からず、投資対効果の低い、簡単な作業だけを自動化して終わってしまいます。
  3. 対象が限定的
    安価なRPAを導入したものの、社内で使っている特定の古いシステムや、特殊なアプリケーションの操作に対応できず、自動化できる範囲が極めて限定的になってしまうケース。

成功の鍵:「現場が使える」ツール選定

これらの失敗を避け、DXを成功させる秘訣は、IT専門家でなくても”現場の担当者が自分で触れるツール”を選ぶことです。

プログラミング知識が不要で、普段自分が行っているマウスやキーボードの操作を、そのまま録画・再生するようにロボットに置き換えられる、直感的なツールが理想です。

ツール選定時には、機能だけでなく、導入後のサポート体制や、ユーザー同士が情報交換できるコミュニティが充実しているかも重要な判断基準となります。

導入を軌道に乗せる「3つの工夫」

”現場が使えるツール”を選んだ後も、その運用を定着させるための「仕組み」が必要です。

  1. 担当者を孤立させない
    ツール習熟と定着は、地道な試行錯誤(トライ&エラー)の連続で、孤独に陥りやすい作業です。
    一人に任せっきりにせず、複数の部署からメンバーを選出してチームで進捗や不明点を相談し合える環境を作ることが重要です。
  2. 「検討タイム」を確保する
    日常業務に追われると”緊急ではないが重要な作業”は後回しになりがちです。
    例えば、週に数時間、習熟のための時間を意図的にスケジュールに組み込み、業務として認めます。
  3. 経営層も関与する
    現場任せにせず、経営層も進捗を把握し、「空いた時間で何を生み出すか」という目標を共有し、フォローアップします。
    推進を人事評価の項目に加えるなど、経営層の本気度を示すことも有効です。

もたらす「想定外の成果」

導入のメリットは、単なる作業時間の削減だけではありません。
むしろ、その副次的な効果にこそ大きな価値があります。

  • 業務の「見える化」
    データを集中管理・共有することで、これまで”その担当者しか知らなかった”属人化していた作業(ブラックボックス)が、一つ一つの手順として整理・可視化されます。
    これにより、業務マニュアルが整備され、新人の教育や引き継ぎも容易になります。
  • 現場の「意識改革」
    社員に、”この作業も自動化できるかも”・”もっとこうすれば効率化できる”といった、前向きな改善意識が芽生えます。

ある事例では、入力元である紙の申込書自体を「Googleフォーム」に変更してはどうか、という提案が現場から生まれました。

これにより、転記作業すら不要になり、工数が大幅に削減されました。

視点の転換:「コスト」ではなく「教育費」

導入の効果を、単純に「削減した時間 × 人件費 = コスト削減」だけで測るべきではありません。

真の価値は、「削減した時間で、新しい仕事の仕方や、より付加価値の高い業務(例:データ分析、顧客提案)を創造すること(=生産性の向上)」にあります。

現場社員の意識改革とデジタルスキル向上を促す、未来への「教育費」であると捉えることができます。

ツールと考え方

カテゴリ活用ツール・手法期待される効用・目的
基本思想人と組織を成長させるDX現場が主体的に改善提案できるようになり、組織全体の生産性を向上させる。
単なる効率化に留まらない。
自動化GAS専門知識がなくても、AIにより、現場担当者が自分で単純業務を自動化できる。
プログラミング不要で操作できる。
業務改善Googleフォーム元となる入力作業(紙の申込書)自体をデジタル化し、効率化を図る。
組織運営時間の確保習熟の時間を「業務」として正式に確保し、担当者の孤独化を防ぎ、ノウハウを共有する場とする。
コスト認識コスト→教育費スタッフの意識改革とデジタルリテラシー向上を促すための「未来への投資」と捉える。
短期的なコスト削減だけを追わない。

「手入力禁止」から始める、バックオフィスDXの4本柱

DXで目指すゴールは「従業員満足度」

DX推進のゴールは、業務効率化を通じて「顧客満足度」と「従業員満足度」の両方を向上させることです。

特に、人材の採用・定着が経営の重要課題となっている今、後者の「従業員満足度」は極めて重要です。

DXが「会社からの押し付け」「やらされ感」のあるものでは、現場の抵抗を生み、必ず失敗します。

推進した結果、”スタッフ自身が一番その恩恵を実感できる”(作業が楽になった、残業が減った、給与が上がった)状態を目指すことが成功の絶対条件です。

そのために推進すべき具体的な「4本柱」があります。

  1. データ化の推進
  2. 完全ペーパーレスの推進
  3. テレワークの推進
  4. 自動化の推進

これらは独立しているのではなく、密接に関連し合っています。

実践例1:データ化の推進(「手入力禁止」と「郵送禁止」)

バックオフィス業務において、「手入力」は作業工数がかかるだけでなく、入力ミスによる確認や修正(レビュー工数)も発生させる、非効率の温床です。

  • 手入力禁止
    資料の受け取り方をタイプ別に分類し、「手入力」や「郵送」が発生する場合には、料金面で差をつけるなど毅然とした対応でデータ化を推進します。
    これは、単に自社都合だけでなく、データ化によるメリットを享受できるため、双方にとって有益な提案となります。
  • 郵送禁止
    書類の「郵送でのやり取り」を原則禁止し、データ(PDFや写真)での授受を徹底します。
    これは、業務の効率化だけでなく、「郵送中の紛失リスク回避」や「原本の管理コスト削減」のためでもあると明確に説明します。

実践例2:完全ペーパーレスの推進

データ化の徹底は、必然的にペーパーレス化につながります。
ペーパーレス化を徹底し、拠点によってはプリンター自体を設置しない、という運用も可能です。

  • 電子調書(文書管理)
    紙のファイル(調書)を廃止し、GoogleDriveで、すべての資料を作成・レビュー・保管します。
    これにより、紙資料の保管にかかる倉庫代などの維持コストを削減できるうえ、必要な情報をデータ検索で即座に見つけられるようになります。
    レビューもデータ上で完結するため、上位者は場所を選ばず承認作業ができます。
  • 作業環境の整備
    電子文書は、PC業務における一覧性において紙に劣る場合があります。
    そのため、モニターを3台以上導入したり、紙のA4縦サイズに近い感覚で使える「縦画面モニター」を使用したりすることで、作業効率を担保する工夫が必要です。
  • 電子契約
    契約書も電子契約サービスを導入して電子化することで、印刷・製本・押印・郵送の手間とコスト(印紙代含む)を完全に削減します。

実践例3:テレワークと自動化の推進

ペーパーレスとデータ化は、テレワークを実現するための絶対的な基盤となります。

  • 固定電話の廃止
    テレワーク移行の最大の障壁の一つが「電話番のための出社」です。
    この課題を解決するため、固定電話を自動応答やクラウドPBX(スマホで会社の番号が使える仕組み)に切り替え、原則廃止します。
    これにより、場所にとらわれない働き方が可能になります。
  • 自動化
    専門のITチームがツールなどを活用し、会計ソフトへのデータ入力や、システム間のデータ連携といったルーティンワークを徹底的に自動化します。
    現場スタッフは、これらの自動化によって生み出された時間を、より高度な分析や顧客対応に充てることができます。

ツールと考え方

カテゴリ活用ツール・手法期待される効用・目的
基本思想従業員満足度の向上DXでスタッフの負担(単純作業、残業)を減らし、働きがいの向上や給与増を実現する。
人材定着こそが最大の経営資源。
業務原則・手入力禁止
郵送禁止
入力ミスとレビュー工数を削減。
紛失リスク回避。
データ化によるメリットも同時に提供する。
ペーパーレスGoogleDrive紙の調書を全廃し、データで作成・レビュー・保管を行う。
検索性とレビュー効率の向上、保管コストの削減。
クラウドサイン契約書の印刷・郵送コストと印紙代を削減。
テレワークGoogleDrive
GoogleMeet
どこでもオフィスと同じ環境で作業可能にする。
「場所」の制約から解放する。
固定電話の廃止
(クラウドPBX)
「電話番のための出社」をなくし、完全テレワークを可能にする。
自動化Gemini
GAS
定型業務を徹底的に自動化。
現場スタッフを「単純作業」から「チェック作業」へシフトさせる。

DXは、社員を守るための未来への投資

DXを単なるコスト削減や効率化のツールとしてではなく、「社員の満足度と働きがいを高めるための手段」として明確に位置づける考え方も必要です。

バックオフィスのDXを推進し、生産性を向上させることは、スタッフの給与アップや残業ゼロの実現に直結します。

手入力や郵送作業、単純なデータ突合といった「作業」からスタッフを解放し、お客様への提案や業務フローの改善といった、より付加価値の高い「仕事」に集中してもらうこと。

これこそが、従業員満足度を高め、優秀な人材の定着につながる「守りのDX」であるといえます。

DXは、一度システムを導入すれば終わりではありません。

スモールDXから始めて現場の改善意識を醸成し、継続的に業務を見直していく「終わりのない旅」です。

しかし、その「守り」から始まった小さな一歩が、やがては企業文化を変革し、新しいサービスを生み出す「攻めのDX」へとつながっていく、今後の企業成長に不可欠な取り組みといえます。

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この記事を書いた人

長崎で活動する
税理士、キャッシュフローコーチ

酒井寛志税理士事務所/税理士
㈱アンジェラス通り会計事務所/代表取締役

Gemini・ChatGPT・Claudeなど
×GoogleWorkspace×クラウド会計ソフトfreeeの活用法を研究する一方、
税務・資金繰り・マーケティングから
ガジェット・おすすめイベントまで、
税理士の視点で幅広く情報発信中

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