バックオフィスのDX化、「どこから手をつけるべきか」「高額な投資が必要ではないか」「失敗したらどうしよう」といった不安から、第一歩が踏み出せないケースも少なくありませんが、そうした漠然とした不安を解消するため、具体的な取り組みや実際に活用したツールをご紹介します。
「業務の早期化」を共通ゴールに据え、改善意識の高い組織文化を醸成する
DX推進において最も大切なのは、単なる最新ツールの導入による表面的な効率化だけではありません。
日々の業務プロセスに対し、”本当にこのやり方が最善か?”と疑問を持ち、常に改善を意識し、発見した課題に対して”自分事”として当事者意識を持って取り組む。
そうした組織としての「カルチャー(企業文化)の醸成」こそが、DX成功の揺るぎない基盤となります。
例えば、残業をゼロにするには、社員一人ひとりの「生産性」と、提供するサービスの「単価(付加価値)」の両方を向上させる必要があります。
そのために組織として何をすべきかを突き詰めた結果、「黒字化に貢献すること」こそが最重要であると結論づけました。
この明確で全社共通のゴール設定が、抵抗や現状維持の壁を乗り越え、DX推進を加速させる大きな原動力となりました。
DXの始まりは「ペーパーレス」から
DXの具体的な第一歩として、まず所内に物理的に溢れていた大量の紙書類を「ペーパーレス」にすることから始めました。
これは単なるデジタル化ではなく、業務フローそのものを見直す号砲となりました。
- これまで保管が当然とされていたあらゆる紙を、紙での保管からデータ保管(スキャンして電子データで保存)に切り替えました。
- 結果、それらの書類を収めていた大量のキャビネットを廃棄でき、オフィスに物理的なスペースが生まれました。
このスペースは、新たなコミュニケーションエリアやリフレッシュゾーンとしても活用可能です。 - 書類棚をオープンにしたことで、誰の業務がどこで滞っているのかなど、仕事の滞留状況が「見える化」されました。
- ペーパーレス移行期には、既存社員の通常業務を圧迫しないよう、スキャン作業を専門に行う期間限定のスタッフを雇用しました。
これにより、現場の負担と混乱を最小限に抑えつつ、短期間で移行を完了させる工夫も行っています。
最大の効果は、単なるスペース確保や検索性の向上だけでなく、「整理整頓が進んだこと」でした。
単にスキャンするだけでなく、データの保管方法(フォルダ階層、命名規則など)を全社で標準化し、その運用を徹底しました。
その結果、これまで膨大な時間がかかっていた「ものを探す」という、付加価値を一切生まない無駄な時間を大幅に短縮できたのです。
この成功体験が、”やればできる”という次の改善への自信につながります。
業務フローの「標準化」
ペーパーレス化と並行して、それまで各社員の経験や個人のやり方に依存し、バラバラだった業務プロセスも「標準化」しました。
- 紙資料
専用の標準ファイル(物理的に小さな箱1個のみ)を渡し、この箱に入る分だけにする、というシンプルなルールを徹底しました。 - データ資料
ネットバンクの取引明細やExcelの出納帳など、元々データで存在するものについては、GoogleDriveなどのクラウドストレージサービスを活用し、できるだけデータ(紙に出力せず)のまま回収するように顧客にも協力を仰ぎました。
クラウド会計ソフトの導入は、ボタン一つで即自動化が実現する魔法の杖ではありません。
実は、こうした「源流部分」、すなわちデータが発生する最初の段階の業務フローを見直し、いかに整理・整頓するかこそが最も重要です。
この回収フローを全体で標準化したことにより、初めて記帳業務の標準化、平準化(誰がやっても同じ品質になること)、そして自動化への確実な道筋ができました。
標準化されていなければ、自動化のルールも作れません。
「業務の見える化」と改善サイクルの確立
DXによって最も劇的に進んだのが、「業務の見える化」です。
業務が見えないと、各社員がどのような業務を抱え、進捗がどうなっているのか、何に困っているのかが管理職から全く見えません。
このような場合、業務管理ツールを導入し、散在していたさまざまな情報を一元管理します。
- 情報の一元化
Accessデータベース、個人のExcelファイル、紙の進捗管理表など、バラバラに管理されていた情報を、業務アプリ構築プラットフォーム(kintone)に集約。 - 進捗の可視化
業務進捗や、現在の手持ちの仕事量(在庫状況)が、ダッシュボードで一目でわかるようになりました。 - 工数管理
日報アプリも連携させ、どの業務にどれだけ時間がかかったかの実績工数を取得。
これにより、業務ごとの時間単価を正確に把握できるようになりました。
これにより、蓄積された客観的なデータをもとに、詳細な分析と具体的な業務改善(PDCAサイクル)が可能になりました。
例えば、「想定工数より時間がかかっている」「時間単価が著しく低い」業務をシステムが自動でピックアップします。
それに対して、「方法に問題がないか」「最適化されているか」「ツールの使い方を十分理解しているか」などを検討します。
問題が見つかれば、ルールを変更する、社員を教育する、あるいは顧客に業務改善の提案をするなど、具体的な解決策を実行します。
このデータドリブンなPDCAサイクルを回し続ける結果、社員1人当たりの処理件数も倍増させることができます。
活用ツールとSaaS(ソフトウェアサービス)の効用
ゴールはあくまで「業務の早期化」であり、それをどのソフトを使えば顧客の状況(業種、ITリテラシー、規模)にとって最適に実現できるか、という中立的な観点で選定し、提案しています。
また、SaaS(サブスクリプション型のクラウドサービス)は、まず試してみることが肝要です。
たとえ自社に合わなくても、その導入プロセスや機能から得られる「経験値」は大きいと考えます。
社員からの「この新しいツールを試してみたい」という提案を積極的に推奨し、導入・取捨選択しながら業務改善に取り組んでいきます。
| ツール・サービス名 | カテゴリ | 導入目的と具体的な効用 |
|---|---|---|
| GoogleDrive | クラウドストレージ | ・ネットバンクデータやExcelデータなど、顧客からのデータ資料回収(アップロード)に活用。 ・場所を問わずデータにアクセスできるため、テレワークの基盤にもなる。 |
| freee | クラウド会計ソフト | ・従来の会計ソフト(勘定科目ベース)とは全く概念が違う(取引ベース)ため、導入には学習が必要。 ・充実した教育カリキュラムを活用してfreee専門スタッフを育成し、事務所全体のスキルレベルアップに貢献。 |
| kintone | 業務アプリ構築 | ・「業務の見える化」とPDCAサイクルを実現する中核ツール。 ・顧客データベースを核として、申告や記帳代行などの業務プロセス管理(進捗管理)、日報アプリ(実績工数管理)を全て一元化。 |
| GoogleChat | ビジネスチャット | ・用途①(対顧客): メールを全廃。情報が埋もれがちなメールと比べ、やり取りが「見える化」され、複数名で対応することで担当者不在時もスピーディーに対応。 ・用途②(社内): 業務指示や相談だけでなく、雑談も含めたコミュニケーションの活性化や、確実な報連相に活用。 |
DX推進の工夫とマインドセット
- SaaSは「まず試す」
社員が「やってみたい」と言ったものは、採算を度外視してでも一度試す価値があります。
月額費用の安いSaaSは、初期投資が小さくリスクが低いため、試してみて合わなければやめることができます。
それよりも、導入検討のプロセスで得られる知見や、”失敗した”という経験値そのものが、次の成功の糧になると考えています。 - SaaSは「思想で選ぶ」
例えばマニュアルツールは、「作ったマニュアルが誰かの役に立てば嬉しい」というランキング機能があり、それが「困っている人を助けよう」という自社の文化(クレド)と仕組み(思想)が強くマッチしていました。
単なる機能だけでなく、ツールが持つ「思想」が自社の目指すカルチャーと合うかどうかも重要な選定基準の一つです。 - 「スモールスタート」で始める
新しいツールの導入は、いきなり全社一斉ではなく、まず意欲の高い少数精鋭のメンバーでスタートし、運用を確立します。
その方が習熟のスピードが早く、人的リソースも確保しやすいためです。
最初から全体で始めると、精通した人間が社内にいないためサポートが追いつかず、事務所全体が混乱するリスクがあります。 - 当事者意識を育む
外部のコンサルタントに任せきりにすると、一時的に効率化はできても、社員にノウハウが蓄積されず、当事者意識も失われます。
業務改善の恩恵を最も受けるのは、現場で働く社員自身です。
だからこそ、社員自身の”当事者意識”こそが最も重要であり、自ら考え、自ら手を動かすプロセスを重視しています。
DX普及と成果
当初、”クラウド会計ソフトを導入すれば、経理業務が楽になりますよ”と、業務効率化の側面だけを強調して導入を進めた際、現場サイドから強い抵抗を受け、うまくいかないケースがあります。
”経理が楽になる”ことをゴールにしてしまうと、”楽になった分、別の新しい仕事をやらされるだけで、自分の業務は楽になっていない”という不満につながりがちです。
そこで、ゴールを「早期化」という、会社全体にとって価値のある明確な目標に切り替えました。
これにより、経営者、経理担当者が向いている方向が同じベクトルになり、現場サイドも含めて全面的に協力してもらえるようになりました。
DXの推進は、経営に役立てるための「スピード」というプラスの効用を得るためです。
この”スピードには価値がある”という共通認識が、さらなる好循環を生みます。
「働きたい会社No.1」を目指す手段としてのDX推進と多様な働き方の実現
DXへの取り組みは、それ自体が目的ではなく、その目的、すなわちスタッフ一人ひとりが理想のライフスタイルを実現するための「手段」として明確に位置づけられています。
コミュニケーションと社風づくりのDX
DX化によってリモートワークが進むと、従来の対面コミュニケーションよりも、テキストや画面越しで意図を正確に伝える高い能力が求められます。
そのため、社員研修を定期的に実施し、ソフトスキルの向上を図っています。
| ツール・サービス名 | カテゴリ | 導入目的と具体的な効用 |
|---|---|---|
| GoogleChat | ビジネスチャット | ・社内コミュニケーションをメールや電話からGoogleChatに全て集約。 ・リアルタイムでの報告・連絡・相談が可能に。 ・「通常チャット」と「鍵チャット(社内用)」の2種類を作成。電話や対面での会話内容も備忘録として残すことで、情報共有と上司への報告が同時に完了。 ・情報の一元化:過去のチャットを遡れば時系列で作業内容を追えるため、スムーズに経緯を把握可能。 |
| GoogleMeet | Web会議 | ・在宅とオフィスの融合: 在宅勤務者はGoogleMeetを常時接続し、その映像を社内に設置した大型モニターに映し出す。 ・会社勤務者と在宅勤務者の間に「壁」ができるのを防ぎ、一体感を醸成。不明点も、画面越しにすぐに質問できる環境を構築。 ・営業活動:これまで訪問していた業務を非対面(オンライン)化。1人あたり月20時間あった移動時間が短縮され、移動コストも大幅に削減。 ・他業者連携:面談中、その場で他社にGoogleMeetに途中参加してもらい、迅速な問題解決を実現。 |
バックオフィス業務のフルクラウド化
”会社にかかってくる電話に対応するためだけに出社する”といった、場所の制約を徹底的に排除するため、バックオフィス業務の徹底的なフルクラウド化を進めます。
| ツール・サービス名 | カテゴリ | 導入目的と具体的な効用 |
|---|---|---|
| freee | クラウドERP | ・「会計」「請求書」「経費精算」「給与」「勤怠管理」の全システムを同一メーカーで利用し、完全クラウド化。 ・すべてを利用することで、システム間でデータが自動で連動するメリットを最大限に享受。 |
| DocuWorks 9 | 文書管理 | ・ペーパーレス化への取り組みとして、全ての紙資料をデータ化。 ・スキャン以外の全業務が在宅で可能となる。 |
| MOT/Phone | クラウド電話 | ・オフィスには固定電話機が一切存在しない。 ・個人のスマートフォンやPCでビジネスホンの全機能(内線・保留・転送・代表番号発信)を在宅中でも出社時と全く同様に利用可能に。 ・在宅勤務者と事務所勤務者間でスムーズな電話取次を実現。 |
| kitone | グループウェア | ・クラウド型グループウェア。 ・クラウドでスケジュールを共有しているため、外出先からでも全スタッフの行動把握や、顧客との日程調整が容易に行える。 |
| CLOUDSIGN | 電子契約 | ・顧問先との契約書だけでなく、社内で交わす雇用契約書もすべてクラウド上で締結。印紙代や郵送代のコスト削減と、契約締結のスピードアップを実現。 |
DX化に合わせた社内業務(アナログ業務)の廃止
DX化を推進するにあたり、単にツールを入れるだけでなく、旧来の非効率な社内業務そのものを見直し、「廃止」または「効率化」を大胆に断行します。
- 社内現金の廃止:
- 現金回収は「自動引落し」に一本化。集金の非効率さとリスクを排除。
- 従業員の経費精算(立替金)は、小口現金を廃止し「給与支払時に一括支払」。クラウド経費で登録された領収書は自動で仕訳化され、給与システムに連動。
- 従業員同士の飲食代の割り勘などは「スマホ決済アプリ」を利用し、社内での現金のやり取りを撲滅。
- 請求書発行業務の廃止:
- 収入モデルをスポット請求から、年額に統一。これにより、毎月の収入変動と煩雑な請求金額の確認作業そのものを消滅させる。
- 売上も全件自動引落しのため、入金確認の突合作業や、売掛金の未回収リスクが大幅に減少。
- 給与計算業務の効率化:
- クラウド勤怠管理(各自で打刻・登録)とクラウド経費精算(各自で申請・登録)が、給与計算システムに自動連動。
- 管理部門がExcelなどで集計する作業が不要に。給与明細もWEB上で確認できるため、印刷・封入・配布といった紙業務も廃止。
- 車両の廃止:
- GoogleMeetの活用により、非対面・訪問型の打ち合わせが激減したため、社用車の需要も減少。
- 月額の車両維持費(駐車場代、保険料、ガソリン代など)を支払うよりも、必要な時にだけレンタカーやカーシェアリングを利用する方が経済的であると判断。
- 袖机の廃止:
- ペーパーレス化で紙書類や大量の文具類が不要になり、個人に紐づく袖机自体を廃止。
- これにより、座席は「フリーデスク制」を導入し、日替わりで好きな席で働けるように。組織のサイロ化を防ぎ、コミュニケーション活性化にも寄与。
DXが実現する多様な働き方(ライフスタイル)
業務のフルクラウド化により、全員が場所や時間に縛られずに働ける「在宅ワーク可能」という勤務体系を実現します。
これにより、社員の思考が「会社に拘束される時間」から、「自分は何時にどれくらい働き、どう価値を出すか」という、より自律的なものへと変化します。
これが、仕事を含めた理想のライフスタイルの追求を可能にしています。
- 3か月ごとの完全フレックスタイム制:
- 業界特有の繁忙期の労働時間を多く設定し、その分、それ以外の閑散期の労働時間を少なくする。
- コアタイムなしのフレックス制(朝5時から夜10時の間)で、働く時間帯や時間数を各個人が自由に設定。3か月単位で総労働時間を管理。
- 多様な働き方の実例(DXによる場所と時間の解放):
- Aさん:その日の予定次第で、会社で働くか、副業するかを自由に決めることができる。
- Bさん: 子供を保育園に預けた後、オフィスで5時間働き、一度帰宅。子供の世話や夕飯を済ませた後、夜に1時間半を在宅で働くという分割勤務を実践できる。
- Cさん:試験合格のため集中したい午前中を勉強時間にあて、午後から会社に出社して働く。
- Eさん:配偶者の転勤により遠方へ引っ越したが、退職せず、フルリモートで転勤前と変わらずフルタイムで勤務を継続できる。
- Fさん: 3年後に海外の大学院に進学予定。在学中も、時差を活用しながらリモートで働く予定。
新社屋移転を機にDXを一気に展開。グループ全体の「情報共有」を最適化
DXに取り組む上で最も大切なことは、トップの方針(コミットメント)と共に、全社員に向けて「これからの時代はDXをやっていかなければならない。現状維持は衰退である」という危機感と変革の必要性を共有する「社内風土」をつくることであると考えられます。
DXにおいて、「個別の業務効率化」以上に、「組織全体で、いかにリアルタイムに情報を共有できるか」という点を最も重要視します。
情報が分散・属人化(サイロ化)することが、組織運営上の最大のリスクだと認識しているためです。
「情報共有」と「コミュニケーション」のDX
社員同士のスケジュール調整一つとっても、電話やメールでの確認に多大な時間がかかります。
ただ、グループウェアの導入により、全社員の予定がリアルタイムで可視化されます。
一社員が代表の予定を秘書を通さずに直接確認し、空いている時間に会議をセットできる体制を構築することができます。
また、全社員(パートスタッフ含む)にスマートフォンを支給し、いつでも・どこでもデータ確認やチャット、内線通話ができる環境を整備し、使い慣れたデバイスを活用して、DXへの心理的ハードルを下げることができます。
| ツール・サービス名 | カテゴリ | 導入目的と具体的な効用 |
|---|---|---|
| Google Workspace | グループウェア | ・導入当初は既存のメールシステムからの変更で大きな反発もあったが、トップダウンで推進。 ・Googleカレンダー:全社員の予定を共有。社員のスケジュール管理や会議室予約の効率化に活用。 ・Googleフォーム:オンラインで実施する社内研修のアンケートに活用。回答の自動集計・グラフ化により、従来Excelに転記・集計していた手間を完全に削減。 |
| GoogleDrive | クラウドストレージ | ・それまで社内サーバにあり、社外からはアクセスできなかった共有データを全てクラウド化。 ・以前は重い書類をカバンにパンパンに詰めて訪問していたが、スマホやタブレットで確認可能に。 ・カバンが軽くなっただけでなく、紙の書類を物理的に持ち運ぶことによるデータの漏洩や紛失のリスクも大幅に低減。 |
| iPhone (全社員支給) | コミュニケーション | ・GoogleDrive上のデータをいつでもどこでも閲覧可能にするためのデバイス。 ・電話やチャットによる社員間や顧客とのコミュニケーションがスムーズに。 ・内線機能:新社屋でのフリーアドレス制導入に伴い、固定の内線電話の代わりに導入。外出先や在宅中でも、会社にかかってきた電話を自分のスマホに転送・応答可能。 ・担当社員に直接電話する顧客が増えたことで、代表電話を受ける総務課の電話応対工数も大幅に削減。 |
ペーパーレスと業務プロセスのDX
かつては、紙資料が社内スペースや外部の貸倉庫を圧迫し続け、コストと管理の手間の両方が課題でした。
これらをデータ化することで、物理的な保管場所の問題を解決しました。
また、単純作業については、新人教育に時間をかけるよりも、自動化サービスの使い方を覚えて任せた方が、品質が安定し、かつ早く作業ができると判断し、積極的に自動化を推進。
コロナ禍で加速したオンライン活用
コロナ禍以前から地道に培ってきたDXの基盤(クラウドストレージ、チャット、スマホ内線など)が、コロナ禍のような緊急の状況で真価を発揮しました。
多くの企業がリモート対応に苦慮する中、即座にオンライン会議ツール(GoogleMeetなど)やリモート操作サービスの使い方を全社員に教育し、業務をスムーズに展開できました。
- 選択制在宅勤務の実施:
- 在宅勤務を継続可能に。
- BCP(事業継続計画)の訓練の観点からも在宅勤務を推奨し、全社員が1回以上経験するルールに。在宅勤務手当も支給し、環境整備をサポート。
- セミナーのオンライン化:
- 年間約50本開催している主催セミナーの一部をオンライン配信に切り替え。
- これまで参加が難しかった高齢の方が多い相続セミナーも、毎月動画で配信。
”動画だから何度でも視聴できる”・”体調や天候を気にせず、会場に行かなくていい”と好評を得た。 - 有料の人材研修もオンライン化。当初はビジネスとして成り立つか危惧したが、移動時間が不要になるなどオンラインならではのメリットが確認され、むしろ遠方の方との新たなつながりが広がる効果もあった。
- 採用活動のオンライン化:
- 集合を要するインターンシップや説明会などを全てオンラインに切り替え。
DX推進の工夫と体制
人間は本能的に「現状が一番快適」と感じ、「変わりたくない」生き物です。
特に、長年同じ業務で高い成果を出してきたベテラン社員にとっては、変革は苦痛ですらあります。
しかし、組織が成長し社員が増え続ける中では、特定の個人のスキルに依存するのではなく、業務を誰でもできるように最大限、平準化し、効率化することが不可欠です。
- トップの強いコミットメント
トップ自らが経営計画書でDX推進を明確にコミットし、全社的な気運を高めます。 - 現場を動かす推進役の存在
役員自ら限られた時間で最大限の効果を出すために効率化を実践。その姿を見せることで、他の社員への普及活動を牽引します。 - DX専門チームの設置
専属のSEや、SE経験のある中途採用社員を中心としながら、社内への普及・教育活動(地道なサポート)を進め、DXの仕組みを構築します。
「分業体制」の構築による、人材配置の最適化
属人化しやすい業務をいかに「分業体制」を構築できるか、という視点で効率化と人材配置の最適化を推し進めます。
DX推進の鍵は「IT専任担当」の存在
業務のデジタル化を本格的に進めるにあたり、まず「IT専任者」を内部で採用します。
組織が大規模化していく過程において、IT専任者は、データ共有の効率化やクラウドツール導入を技術面で支え、多人数・多拠点で働くための業務基盤を整備する上で、極めて強い力を発揮します。
- 専任者の役割(異分野の発想)
この企業の最大の特徴は、IT専任者を採用した際、業務補助を一切させず、自由な発想で「システム的なアプローチで事務所の業務をどう最適化すべきか」だけを考えさせます。 - 異分野の発想の尊重
従来の発想を否定せず、自由にさせることで、従来の社員だけでは決して思いつかなかったような、斬新なアイデアの提案(業務フローの再構築)に成功させることができます。 - 風土の醸成
当初、IT専任者は周りから”何をやっているかわからない”と見られがちでしたが、”彼らと我々では仕事の役割も繁忙期も違う”ということを全社で粘り強く共有し、互いの業務ペースや専門性の違いを受け入れる風土が醸成されます。
第1ステップ:「ペーパーストックレス」の徹底
DXの第一歩として、まず紙を中心とした業務を改善するため、「ペーパーストックレス」を徹底的に進めました。
これは「紙を一切使わない(ペーパーレス)」とは少し異なり、「物理的な紙の形で保管しない(ストックしない)、物理的な紙の形で資料を授受しない」ことを指します。
| ツール・サービス名 | カテゴリ | 導入目的と具体的な効用 |
|---|---|---|
| DocuWorks | 文書管理 | ・「ペーパーストックレス」を実現するツール。 ・物理的な紙に印刷することをやめ、PC上で電子の紙(DocuWorks)に「印刷」。 ・コピーの代わりに「スキャン」することで、紙資料を電子の紙に変換。 ・これにより、作業確認用や所内保管用に印刷していた紙がなくなり、印刷枚数は半分以下に。当然「裏紙」という概念も消滅。 ・電子の紙でも、書類を束ねたり、付箋を貼ったり、ハンコを押したりすることが可能なため、従来の業務フローを大きく変えることなくデジタル化に移行。 ・決裁書類は「決裁用共有フォルダー」を作成し、決裁者がそこを見に行く(電子の机)運用に変更。 |
一度このやり方に慣れてしまえば、職員の意識も「印刷=DocuWorksへの印刷」へと自然に変化し、企業風土そのものがデジタル化します。
第2ステップ:「シンクライアント」で業務環境をクラウド化
ペーパーストックレスで「紙」はなくなりましたが、依然として顧客先へ訪問する際には、ノートPCに共有サーバーからデータをコピーして持ち出す必要がありました。
これではPCを紛失した際の情報流出リスクが非常に高く、また、データをコピー(複製)するため、どの情報が最新なのかがわからなくなる懸念がありました。
そこで次に「シンクライアントシステム」を導入し、どこでも安全に同じ情報を扱える環境を構築しました。
| ツール・サービス名 | カテゴリ | 導入目的と具体的な効用 |
|---|---|---|
| シンクライアント | 仮想デスクトップ | ・PC本体(クライアント端末)には最低限の機能しか持たせず、実際のアプリケーションやデータは全てサーバー側で処理する仕組み。 ・SaaSが「会計ソフトだけ」をクラウド化するのに対し、シンクライアントは「PCデスクトップ環境そのもの」をクラウドサービスとして使えるイメージ。 ・ペーパーストックレス(資料が電子化されている)と組み合わせることで、初めて「どこからでも社内と全く同じ環境で業務ができる」状態が完成。 ・PC本体にデータが残らないため、紛失・盗難時の情報流出リスクが劇的に低下。 ・ネットワークさえつながれば、全国どこでも同じ環境の事務所を開設でき、多拠点展開が容易になった。 |
第3ステップ:業務の「分業」
「紙」と「PC(業務環境)」のDX化の次に、本丸である「業務のDX化」として、従来は一人の担当者が最初から最後まで行っていた業務を、製造業のラインのように「工程」に分解しました。
この工程管理は、トヨタのカンバン方式を参考に、電子の紙(DocuWorks)で作成した「カンバン(進捗管理表)」が、作業完了の検印と共に次の工程の人に回っていく仕組みを構築しました。
シンクライアント環境のため、例えば「入力」は沖縄拠点、「チェック」は東京拠点、といった地域をまたがった作業分担も可能になります。
- 分業のメリット
各工程の得意な人員を地域を越えて最適に配置できます。各自が特定の工程に集中特化することで業務効率と精度が格段に上がり、結果として従来よりも少ない人数で同量の業務を処理することが可能になりました。 - 分業の弊害と対策(DXによる解決)
- 品質低下(属人化の弊害): 当初はベテランが各工程にいたため問題ありませんでしたが、新人が前工程に入ると、後工程で何が行われるかを理解せずに作業するため、後工程の負担が増加(品質低下)します。
→チェックリストやチェックシステムを導入。顧客ごとの特殊な手順をチェックリスト化し、人の経験や「阿吽の呼吸」によらない、一定のチェック体制を敷くことで業務品質を担保します。 - 評価指標の喪失: 従来は「担当売上」で社員を評価できましたが、業務を分業した結果、その指標が使えなくなってしまいました。
→業務管理ツールで業務管理表をクラウド化。各自が行った業務件数や作業時間をリアルタイムで見える化。さらに、工程の難易度に応じた「ポイント」を付与することで、業務量を定量化し、新たな評価指標としました。
- 品質低下(属人化の弊害): 当初はベテランが各工程にいたため問題ありませんでしたが、新人が前工程に入ると、後工程で何が行われるかを理解せずに作業するため、後工程の負担が増加(品質低下)します。
- 「分業体制」の完成:
- 分業体制により、社内業務に割く人数を最小限に抑制することが可能になります。
- 余ったリソース(人員)を、顧客と直接接点を持つ訪問などより付加価値の高い業務担当に配置転換することができます。
中小企業のDX化と、これからのバックオフィスの役割
デジタル技術がビジネスのあらゆる側面の源泉となる現代において、中小企業が生き残るためにはDXによる変革が必須です。
まずは「ペーパーストックレス化」から進めることで、顧客の利益に貢献するだけでなく、自社側もデータの授受や処理が劇的に容易になり、業務効率がさらに向上するという好循環が生まれます。
もはや、バックオフィス部門は、従来のように、事務作業を行うだけの存在ではありません。
クラウドサービスやIoT機器を活用し、今まで収集・活用できていなかった営業データや勤怠データなどの「非財務データ」の収集・可視化を支援し、財務データと掛け合わせることで、従来とは全く違う角度からのマーケティング情報を提供するなど、新しい価値を創造していく戦略的な役割が求められています。
