LLM(大規模言語モデル)の導入には、「情報漏洩」や「嘘の回答(ハルシネーション)」といった不安がつきものです。とはいえ、リスクを恐れて立ち止まることは、企業の将来的な競争力を低下させる「最大のリスク」になりかねません。安全にAIを活用するための現実的な「ガードレール」の作り方について。
松本勇気著「生成AI「戦力化」の教科書」(株式会社日経BP)を参考にして。
情報漏洩とハルシネーション:リスクの「正体」と対処法
多くの企業が生成AI導入を躊躇する最大の理由は、「機密情報が学習データとして使われるのではないか」という懸念です。
しかし、実態を正しく理解すれば、このリスクは十分に制御可能であると考えられています。
入力データが学習されるリスクについて
「自社の機密情報や独自のノウハウを入力すると、AIがそれを勝手に学習してしまい、競合他社への回答として情報が漏れてしまうのではないか?」
このような不安は非常に根強いものですが、OpenAIややGoogle、Azure、AWSなどが提供するエンタープライズ向けの環境では、データ学習に対する「オプトアウト(学習除外)」機能が標準で用意されています。
- 学習への利用を拒否できる
オプトアウト設定を有効にする、あるいはAPI経由で利用する契約を結ぶことで、入力データがAIの再学習に使われることがなくなります。 - SaaSと同程度の安全性:
適切な設定さえ行えば、一般的なクラウドサービス(SaaS)を利用する際のリスク管理と大差はありません。
ハルシネーション(もっともらしい嘘)への対策
AIは、時に事実と異なる内容を出力すること(ハルシネーション)があります。
これを防ぐ鍵は、AIの出力をあくまで「下書き(ドラフト)」として扱い、最終的な責任は人間が持つというプロセスを設計することにつきると考えられます。
- AIに任せきりにしない
出力をそのまま鵜呑みにせず、人間が必ずレビューを行うフローを組みます。 - 人間のミスと比較する
実は、人間もミスを犯す生き物です。過度にAIへ完璧さを求める前に、今の業務プロセスと比較して”どちらがトータルでミスが少ないか”を冷静に判断する視点が大切です。
「ローカルモデルなら安全」は本当か?運用コストとプライバシーの現実
セキュリティを重視するあまり、「外部にデータを出さない、自社サーバーで動かすローカルモデル」を検討する企業も少なくありません。
しかしながら、そこには見落としがちな落とし穴も存在するといわれています。
ローカルモデル運用の課題
クラウド型とローカルモデルを比較すると、以下のような違いがあります。
国家安全保障レベルの極めて高い機密性を要する場合は別ですが、一般企業においては、最新のセキュリティ対策が施されたクラウド型を利用する方が、コスト・性能・運用のバランスが良いケースが大半です。
クラウド型LLM
- 性能: 世界中のリソースで日々進化し、高性能を維持できます。
- コスト: 基本的に利用料のみで済み、初期投資は小さく抑えられます。
- 運用負荷: セキュリティ対策などのインフラ管理はプロバイダーに任せられます。
ローカルモデル(自社運用)
- 性能: クラウド型に比べて性能が劣る傾向があります。
- コスト: 高価なGPUサーバーやインフラの調達が必要です。
- 運用負荷: セキュリティ管理やモデルの更新をすべて自社で行う必要があります。
プライバシー保護の現実解
また、プライバシー保護の観点では、入力ログの管理が重要になります。
リスクを下げるためには、すべてをチャットで自由に入力させるのではなく、特定の業務に絞ったワークフローを構築するのが有効であるといえます。
例えば、システム側で「個人情報は入力していませんか?」といった確認チェックボックスを設けることで、ヒューマンエラーによる事故を未然に防ぐことができます。
最大のリスクは”変化を恐れて何もしないこと”
経営視点で見たとき、最も恐れるべきは「導入しないことによるリスク」であるといえます。
世界中で生成AIの活用が進むなか、「既存の社内規定に合わない」「リスクが怖い」といって導入を見送った場合、デジタル化の波から取り残され、将来的な市場での存在感を失うことになりかねません。
最初から100点の安全性を目指して足踏みする必要もないと考えられます。
- 小さな範囲から始める
個人情報を扱わない社内業務や、リスクの低いユースケースから導入する。 - アジャイルに進める
実際に使いながら効果と課題を確認し、徐々に適用範囲を広げていく。 - 規定を見直す
技術の進化に合わせて、社内ルールも柔軟にアップデートしていく。
リスクをゼロにすることはできませんが、適切な「ガードレール」を設けることはできます。
過剰な恐怖心でチャンスを逃すのではなく、リスクと正しく向き合い、変化を受け入れる姿勢こそが、これからの時代を生き抜く企業に求められているといえます。
