AIが急速に進化するなかでどのように生きていけばいいのだろう、、と思ったとき、SNSなどを参考にしてみたところ、ひとつの興味深いヒントが世界最先端のAI開発企業の「採用データ」から学び取ることができました。
AIを作っている会社が、いちばん多く採用しているのは何の職種か
技術の会社の採用を、データで読み解く
Claudeを開発しているAnthropic、高度なAI研究者やエンジニアを中心に構成された、まさに「技術の会社」というイメージを持たれている方も多いかもしれません。
2026年4月時点での同社の公式採用ページ(anthropic.com/careers/jobs)に掲載された求人データ(全454ポジション)を部門別に集計してみました。
そのデータが示す事実は、多くの人の直感を裏切るものでした。

最も求人数が多かった部門は、AI研究開発(71件)でも、エンジニアリング系の各部門でもなく、Sales、つまり「営業職」が110件と、全体のなかで1位を占めていました。
2位のAI研究開発をどう読むか
2位のAI Research & Engineering(71件)については、「AI企業なのだから当然では」と思われるかもしれません。
確かにその通りです。
ただ、ここで少し立ち止まって考えてみると、AIの研究開発という最も高度で希少性の高い仕事でさえ、71件という数字に留まっているという点は興味深いものがあります。
トップクラスのAIリサーチャーやエンジニアは、市場に人材が極めて少なく、1人が生み出す価値も桁違いです。
常に採用を続けていても求人数としてはそれほど積み上がりにくい職種でもあります。
それでも71件という数字は、同社がAIの研究開発に引き続き高い優先度を置いていることの表れと言えるでしょう。
営業が1位という事実をどう解釈するか
ここで少し冷静に立ち止まる必要があります。
Anthropicは今まさに、研究開発フェーズから本格的な商業展開へと大きく舵を切っている成長期の真っただ中にあるといえます。
営業が突出して多い理由が「AIには人間の営業が代替できないから」だけとは言い切れず、「今すぐ売上を拡大しなければならないフェーズだから、人員が必要」という側面も十分考えられます。
また、過去のデータと比較すると、営業職の求人数はかつての147件から110件へと減少している一方、AI研究開発は65件から71件へと増加しています。
その差は縮まりつつあり、この傾向がこのまま続くとすれば、数年後には逆転する可能性もゼロではありません。
変化のスピードは、私たちが想像するより速いかもしれません。
つまり、このデータを「人間の仕事はなくならない」という単純な証明として読むのは、少し楽観的すぎるかもしれません。
ただそれでも、このデータが示す事実には、注目に値する本質が含まれているように思えます。
それは、どれほど優れた技術が生まれても、「その技術を必要としている人のところへ届け、使い方を一緒に考え、導入後も寄り添う」という仕事には、依然として人間が必要とされているという現実です。
技術は作れても、信頼は自動生成できません。
なぜ「営業」はAIに代替されにくいのか
顧客の課題は、データベースに載っていない
Anthropicは、現在、営業人材を最も多く必要としています。
フェーズの問題という側面はあるとしても、その根底には、どれほど優れたAIが生まれても「技術を必要としている人のところへ届け、使い方を一緒に考え、導入後も寄り添う」という仕事は自動化しにくいという現実があります。
営業の仕事を「モノを売ること」と定義すれば、確かに一部の業務はAIや自動化の仕組みに置き換えられていくでしょう。
見込み客のリストアップや、問い合わせへの初期対応、定型的な提案書の作成などは、すでにAIが担い始めています。
しかしながら、企業の意思決定者と向き合い、まだ言語化されていない課題を引き出し、複雑な社内事情や感情的な背景も踏まえながら最適な提案をする、という行為は、現時点のAIには難しいものです。
顧客が本当に困っていることは、多くの場合、最初の言葉の裏側にあります。
「コストを削減したい」という言葉の奥に、「従業員を守りたい」「経営者として恥をかきたくない」「今期だけでなく5年後も生き残りたい」という思いが重なっていることがあります。
その文脈を読み取り、言語化し、信頼関係を構築しながら意思決定を支援するプロセスは、人間が行うからこそ意味を持ちます。
「人間による伴走」が、導入の成否を左右する
もうひとつ重要な視点があります。
AIツールの導入において、技術そのものの性能よりも、導入後の「使いこなし」が成果を左右するということです。
どれほど優れたツールも、使い方がわからなければ現場には定着しません。
最初の設定、操作に慣れるまでの期間、うまくいかないときの調整、チームへの浸透。
これらすべてのプロセスに、人間が寄り添うことがポイントになります。
Anthropicが大量の営業人材を必要としている背景には、単に製品を売るだけでなく、顧客企業がAIを活用して成果を出せるよう、伴走し続ける役割を担う人材が必要だという判断があるのもしれません。
「経理はなくなる」と言われているのに、なぜFinanceの求人が多いのか
世間の予測と、現実のデータのずれ
営業職の話と同じように、もうひとつ興味深いデータに目を向けてみます。
Anthropicの求人データで3位に入っているのは、Finance(財務・経理)で44件です。
AI研究開発(71件)には及ばないものの、セキュリティ(25件)やマーケティング(25件)、インフラ(23件)といった技術系・事業系部門を大きく上回る求人数です。
”経理はAIに代替される職種の筆頭”という言説は、数年前から繰り返されています。
確かに、請求書の処理や仕訳の入力、定型的なレポート作成といった業務は、AIや自動化ツールによって大幅に効率化されています。
それにもかかわらず、世界最先端のAI企業が財務部門の人材を積極的に採用しているのはなぜか。
ここでも、前章と同じく冷静な視点が必要です。
急成長するスタートアップには、複雑な資金調達・税務・コンプライアンス対応が必ず伴います。
Financeの求人が多いのは、AIが経理を代替できないからというよりも、急拡大するビジネスに対応するための管理体制を整えるフェーズにある、という理由が大きいかもしれません。
しかしそれでもなお、このデータには見逃せないものが含まれているようにも感じます。
「数字を処理する仕事」と「数字で判断する仕事」は別物である
AIが得意とするのは「数字を処理すること」です。
大量のデータを正確に集計し、ルールに従って仕訳し、決められたフォーマットでレポートを出力する。
こういった業務は、すでにかなりの部分がAIや自動化の仕組みで代替可能になっています。
しかし、「数字を読んで、経営判断に活かすこと」は別の話です。
財務データのなかから「今、会社のどこにリスクがあるか」を見抜く力。
数字の背後にある事業の文脈を理解し、経営者や投資家に対して適切な言葉で伝える力。
規制や税務、コンプライアンスの変化に対応しながら、会社を守るための判断をする力。
これらは、数字を処理できるAIがあっても、人間が担い続ける必要がある領域です。
「解釈する人間」の価値は、むしろ上がっていく
AIが財務データの処理を担えば担うほど、人間に求められるのは「その数字が何を意味するか」を解釈し、判断し、行動につなげる役割になっていきます。
求められるものが、「入力の正確さ」から「解釈の深さ」へとシフトしていく。
Anthropicの採用データは、そのような変化の予兆を映し出しているようにも感じました。
”経理はなくなる”という予測は、正確には”経理の仕事の中身が変わる”ということではないか。
処理の仕事はAIへ。判断と解釈と対話は人間へ。
その分業が、これからの財務・経理の姿なのかもしれません。
AIが得意なことと、人間が得意なことを整理する
AIが圧倒的に得意な領域
ここまで営業とFinanceの求人データを見てきました。
どちらについても「フェーズの問題」という留保をつけながら読んできましたが、それでも共通して浮かび上がる人間の役割もあります。
それを整理するために、AIと人間それぞれの得意領域を改めて確認しておきます。
AIは、大量のデータから規則性を見つけること、同じ作業を正確に繰り返すこと、膨大な文書を短時間で読み込んで要約すること、複数の情報を組み合わせて仮説を立てることを非常に得意としています。
これまで人間が何時間もかけていた作業が、AIによって数秒で完了するケースも珍しくありません。
特に、情報処理・文書作成・データ分析といった領域での進化は目覚ましいものがあります。
人間が担い続ける領域
一方で、AIが苦手とすることも明確にあります。
- ”まだ言語化されていない”感情や文脈を読み取ること
- 信頼関係を時間をかけて構築すること
- 価値観や倫理的な判断を伴う意思決定を支援すること
- 予期しない事態に対して柔軟に対応すること
- データが示す数字の奥にある「意味」を解釈し、相手に届けること
これらが、現在のAIが代替するには難しい領域といえます。
そしてこの領域こそ、経営や人の意思決定と深く関わるところでもあります。
「組み合わせる力」が、これからの競争力になる
ここで重要になるのが、AIと人間を対立で見るのではなく、それぞれの得意領域を組み合わせる視点です。
AIが情報を整理・処理し、人間がその情報をもとに判断し、相手に届け、関係を深める。
この分業ができる人や組織が、これからの時代に強みを発揮していくと考えられます。
単にAIを使えることではなく、AIが出した答えをどう解釈し、どう相手に伝え、どう活かすかという「AIと人間の間をつなぐ力」が、差別化の鍵になっていくでしょう。
「人間力」の正体と、これからの経営者に必要なこと
「人間力」とは、抽象的なものではない
「人間力」とは非常に具体的な能力のことだということがわかります。
- 相手の言葉の奥にある感情や背景を読み取る力
- まだ形になっていない課題を言語化し、整理する力
- 信頼関係を時間と誠実さで積み上げていく力
- 数字やデータの背後にある「意味」を解釈して判断する力
- 相手の意思決定に寄り添い、結果まで一緒に歩む力
これらは、どれも一朝一夕で身につくものではありません。だからこそ、AIには簡単に代替されない価値を持つともいえるかもしれません。
「信頼をベースにした仕事」の強さ
「この人だから相談できる」・「この会社だから任せられる」という信頼の蓄積は、大企業やAIが簡単に模倣できるものではありません。
地域に根ざしたビジネスの強みは、まさにここにあります。
「顔の見えるビジネス」の価値は、AIが進化するほどに、むしろ際立っていくのではないか。
AIを「道具」として使える経営者が、次の時代を拓く
AIを恐れるのではなく、道具として使いこなす経営者が、これからの時代に優位に立てると考えられます。
ただし、ここで言う「使いこなす」は、最新のツールをとにかく導入するという意味ではありません。
自社の強み・顧客との関係性・提供しているサービスの本質的な価値を踏まえたうえで、どこにAIを活用し、どこに人間の関わりを残すかを判断できる、という意味において、ということ。
「AIと自分をどう組み合わせれば、自分にしかできない価値を最大化できるか」を考え続けることが、これからの時代の経営者に求められる姿勢といえるかもしれません。
変化のスピードが速いからこそ、今から磨いておくべきもの
ここまで見てきたAnthropicの採用データは、「今現在、人間が必要とされている」という現状を示すものではあります。
しかし、それ以上に大切なメッセージが含まれているように感じます。
営業職の求人がかつての147件から110件へと減少し、AI研究開発が65件から71件へと増加しているという変化は、小さいようで見逃せません。
この傾向がこのまま続けば、データの景色はまた変わっているかもしれません。
だからこそ、今このデータから読み取るべき本質は「人間の仕事は今のところ安泰だ」ということではなく、「変化のスピードが速いからこそ、AIに代替されにくい人間の本質的な価値を今から意識的に磨いておく必要がある」ということではないか。
信頼を積み上げる力、文脈を読む力、判断に寄り添う力。
これらは、短期間でAIが追いつける領域ではありません。
しかしだからこそ、意識して鍛え続けなければ、気づいたときには手遅れになっている可能性もあります。
今日からできることとしては、「自分の仕事のどこに、人間としての本質的な価値があるか」を問い続けることかもしれません。
