”100%正しい”アドバイスはえてして役に立ちません。
他人の役に立つためのアドバイスとして必要なこととは。
河合隼雄「こころの処方箋」(新潮社)を読んで学んだこと。
100%正しいアドバイスとは机上
100%正しいアドバイスは、えてして役に立たないものです。
逃げ道のないほどの正しさをもったアドバイスを思いつくのは割合造作もないことなのかもしれません。
相手との距離感が客観的で、導かなければ、などと思っていると、どれほど正しいアドバイスでも相手には伝わらないものです。
あるいは、”ある時””ある人”に対して非常に役に立った1つのアドバイスが成功体験となり、それを普遍的心理のように思いこんでしまい、別のシチュエーションで同じアドバイスをしても、うまくいかないものです。
それは机上のものだからといえます。
ただ頭で考えた100%正しいアドバイスでもって人の役に立とうというのでは、虫がよすぎるともいえます。
いかに100%正しいアドバイスが役に立たないものであるかは、まずは自分に適用してみてどうであるかを想像してみるとよく分かります。
必要なのは「己を賭けて言うかどうか」
必要なのは、「100%の正しさ」という物差しではなく、己を「その時その場の真実に賭けて」、相手に伝わるために何が必要か、今できることは何か、よくよく考え、さらにそのことによるリスクも真剣に考えつつ、責任を持って、相手にとってこのような場合にはこれなのだ!という決意のもとに行うアドバイスであるからこそ、相手に伝わるものとなるものといえそうです。
”その時その場の真実”となどというものは、正解もなく常に変わりゆくものであることは言うまでもありません。
「同じこと」などはありようもなく、以前の成功体験のもとに、一見以前と同じシチュエーションに見えることをもって、同じアドバイスをしたとしても、結果は大きく異なってきます。
他人にアドバイスをするときは、常に「己を賭ける度合い」をこそ追求し、その時その場の真実に己を賭けて、生きるものとする心掛けが必要といえそうです。
先生ではなくパートナーとしての「あり方」でいる
ただ100%正しい訓示を述べるようないわゆる”先生型”ではなく、相手と真剣に向き合う”パートナー型”でありたいと考えています。
関わりによって相手の状況が少しでもよいものとなって欲しいものですし、関わることによって、よりよい未来を作っていく存在でありたいと思うからです。
そのためには、数字だけを見て、相手の全体を見る努力を少しでも怠ると、どんなによい内容のアドバイスでも生きてきません。
必要なのは、己を賭けて、その時その場の真実を見極めて、そのときにその人にのみ通じると信じてアドバイスする「あり方」をこそ、と考えています。