生成AIに「それは大変ですね」と相談すると、驚くほど丁寧に的確な対処法まで添えて返してくれます。その応答の質は、生成AIはもう共感することも得意なのではないかと思わされる場面が増えてきました。それでも、その言葉のどこかに、拭いきれない物足りなさを感じることがあります。
池田朋弘『Claude 最強のAI自動化術』(芸術新聞社)を参考にして。

生成AIの「共感」は、なぜどこか虚しいのか
生成AIに「体が痛い」と伝えれば、心配する言葉とともに、対処法まで的確に教えてくれます。
それでもどこか虚しく感じるのは、生成AIに身体性がないためです。
生成AIは、苦痛や喪失、喜びといった身体を伴う経験を持つことができません。
一方で、人間は、自分の経験を通じて感情を深く理解します。
病気で苦しんだ経験があるからこそ、同じように苦しむ人に寄り添える。
失恋の痛みを知っているからこそ、友人の失恋に心から寄り添える。
こうした経験は、心臓がドキドキする、涙があふれる、力が湧いてくるといった身体的な反応と結びついており、だからこそ深く刻み込まれます。
生成AIはデータから人間の感情パターンを学習し、それに応じた応答を作り出すことはできますが、それはあくまで統計的な処理にすぎません。
赤い色を見たときに感じる「赤さ」のような、感覚に伴う主観的な質感を、哲学の用語で「クオリア」と呼びますが、生成AIは、データをもとに色を認識できても、人間が感じるような「赤さ」そのものを経験することはできません。
「人間のようなAI」より、役割分担できるAIと人間を
人間とまったく同じ感情を持つ生成AIが実現したとしたら、今、私たちが生成AIに感じている便利さ(体調を崩さない、モチベーションを管理する必要がない)といった利点が失われてしまいます。
目指すべきは、あるいは、現実的には、「人間のようなAIを作ること」ではなく、「人間と共存し、役割分担しながら社会に貢献するAI」なのだろうと考えられます。
そして重要になるのは、「AIと役割分担できる人間であること」だと感じます。

生成AIは、データをもとに人間の感情を学習し、それに応じた言葉や態度を返しますが、それはあくまで表面的、形式的なものにとどまります。
生成AIは知ってはいても、経験したことはないのです。
いくら寄り添われ、共感されても、人間には、「あなたに何がわかるのか」という思いは残ります。
単なる知識や一般的な経験ではなく、身体性を伴った特別な経験にこそ価値がある時代になったのかもしれません。
そのような経験を積むには、他人任せや受け身にならずに、自分から積極的に関わっていく主体的な姿勢が欠かせないのかもしれません。
人間としての痛みや不安、違和感といったネガティブな感情も、避けずに受け止めることが大切になります。
経験したことを振り返り、自分にとって何を意味するのかを深く内省することが重要になると考えられます。
選んだ答えを「正解」にする力
改めて、人間と生成AIの役割分担をプロセスごとに整理してみます。
| 段階 | 生成AIの役割 | 人間の役割 |
|---|---|---|
| ①課題の発見・設定 | データからパターンを抽出し、異常値を検出して、潜在的な課題を可視化する | 文脈を与え、問題の本質を定義し、優先順位を判断する |
| ②思考・探索 | 大量の選択肢を生成し、データを分析してシミュレーションを行う | 直感によって方向性を定め、倫理的な判断を下し、文脈を解釈する |
| ③決定・選択 | 客観的な比較分析や予測モデルを提示する | 総合的に評価し、リスクを判断して、寄り添う者として意思決定を行う |
| ④実行・具現化 | 継続的なサポートや進捗の可視化、定型作業の自動化を担う | 地道な実行と対人コミュニケーション、柔軟な調整を担当する |
| ⑤振り返り・改善 | データを集計しレポートを作成する | そこから内省し、経験として学び、チームで共有する |

生成AIは、人間には不可能なほど多くの選択肢を提示してきます。
高度な知能によって導かれた提案は、どれを選んでも大きく失敗する可能性は低いのでしょう。
しかしながら、そこから選び取った選択肢を現実の世界で実行し、かつ、地道な作業を通じて「正解」にしていくのは、やはり人間の役割です。
生成AIがどれほど賢くなっても、選んだものを「正解」に変えていく力は、人間の側に残り続けると思われます。
