聞きすぎず、話しすぎない距離感で

日常生活での話は、「聞きすぎず、話しすぎない」距離感がちょうどいい。

東山紘久著「プロカウンセラーの聞く技術」(創元社) を読んで実践して以来15年、学んだことシリーズです。

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愚痴を溜めると病気のもと

愚痴を溜めると、心身によくなく、病気になってしまいます。

溜まらないうちに適度に聞いてもらうことで、日常を健康に生活できます。
大切な相手の愚痴もできるだけ聞いてあげたいものです。

しかし、話し手の愚痴を、「自分」と関連づけて聞いてしまうと、しんどくなってしまいます。

自分が悪口を言われたかのように思い悩んでしまったり、話し手に思い入れすぎてしまったばかりに愚痴の対象になった人やことに対して申し訳なく思ったりしてしまいます。

「自分と他人を区別する」を意識する

愚痴はあくまで話し手の世界の話ですし、愚痴が直接自分に向いているケースというのはほぼないものです。
自分のこととは切り離して聞く(時に聞き流しながら)のがよさそうです。

かといって、自分は自分、他人は他人、と突き放した物言いをしてしまうと、話し手も愚痴のやり場に困って孤独を感じてしまいます。

できるだけ、相手と自分との”区別”を感じさせず(肯定的、とも繋がります)、その人の世界観を壊さずに聞いていくのがよさそうです。

また、愚痴のような会話のなかでは、話はあまり深めず、「聞きすぎず」「話しすぎず」の距離感でなんとなく話が流れていくのがよさそうです。

自分と他人を区別せずに、常に相手の話を自分のことのように入れ込んで聞いてしまうと、ついつい聞きすぎてしまって秘密を守る必要が出てきて心が重くなってしまったり、話し手も話しすぎて秘密を言ってしまった手前、次からなんとなくその人と付き合いづらくなってしまったりするものです。

僕の場合、話し手に対して親身になろうとすればするほど、自分のことのように聞いてしまって、秘密を抱え込んでしまって心が重くなってしまったり、相手にも結果的にばつの悪い思いをさせてしまうことがたくさんあり、この点、たびたびうまくいかなさを感じます。
肩の力を抜いて、相手の世界観を肯定しながら聞くくらいが一番よいようです。

人間関係は「距離感」

ついつい聞きすぎたり話しすぎたりしてしまうと人間関係がぎくしゃくしがちです。

いい距離感で生活していくには、自分と他人との区別を持ち、十分に相手の世界観を肯定しつつ、「聞きすぎず」、「話しすぎない」距離感がよいようです。

数年前に買ったレースラベンダー。レースラベンダーはきれいな花ですが、多湿な日本ではとても育てづらいですね、、

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