事業を立ち上げて間もない頃など、どれだけ力を入れても手応えがまるで返ってこない時期があります。朝から晩まで動いているのに、売上はぴくりとも動かない。このまま続けて意味があるのだろうかと問いたくなる夜、誰にでもあります。しかしながら、その重さには理由があります。その重さを「耐えるもの」ではなく「設計できるもの」として捉え直すと、最初の一周はずいぶん違って見えてくるものです。
深津貴之・けんすう(古川健介) ・尾原和啓著「メタスキル」(NewsPicksパブリッシング)を読んで。

最初の一周、なぜこんなに重いのか
物事が回り続ける仕組みは、「弾み車(フライホイール)」にたとえられます。
巨大で重たい鉄の車輪。
止まっている状態から動かすとき、全身の力を込めて押しても、最初はほんの少ししか動きません。
ところが、何度も押し続けてある程度の速さに乗ると、今度は慣性の力で勝手に回り続けるようになります。
事業の立ち上げもこれとよく似ています。
動かないのは、力不足ではない
立ち上げ期に手応えがないのは、能力や努力が足りないからというわけではありません。
単純に、まだ車輪が動き出す速度に達していないだけのことが多いものです。
ここを、”自分には向いていないのかもしれない”と読み違えると、あと一押しで回り始める直前にやめてしまうということが起こります。
最初の重さは、構造上どうしても発生するもの。
そう知っているだけでも、踏ん張りどころを見誤らずにすみます。
お金の流れで見ると、何が起きているのか
この「重さ」は、数字でもはっきり説明がつきます。
事業には、売上があってもなくてもかかり続ける固定費があります。
家賃、人件費、通信費といった毎月の出費。
立ち上げ期は、まだ粗利が、この固定費を賄うところまで育っていません。
つまり、お金は出ていくばかりで、入ってくる流れがまだ細いのです。
この時期にキャッシュが目減りしていくのは、失敗ではなく、ほぼすべての事業が通る通過点なのです。
その孤独は「複利が効く前」の時間
最初の重さが構造的なものだとしても、もうひとつ、立ち上げ期には独特の苦しさがあります。
それが、孤独です。
誰も見ていない、誰も評価してくれない、成果という形で返ってこない。
しかしながら、この孤独の正体を分解することで、見え方が変わってきます。
見えないだけで、資本は積み上がっている
立ち上げ期にやることとは、実は、3つの資本を仕込む作業です。
1つは、「人的資本」。スキル、経験、そして自分が心から面白いと感じる領域です。
2つめは、「社会資本」。信頼、つながり、評判といった、人との関係から生まれるものです。
3つめが、「金融資本」。つまり、お金や資産です。
この3つは、回転しながら互いを増やし合う関係にあるのです。
好きを突き詰めて力をつければ(人的資本)、それが信頼を呼び(社会資本)、やがてお金に変わる(金融資本)。
得たお金をまた学びや挑戦に再投資すれば、車輪はもう一周大きくなって回ります。
立ち上げ期に成果が見えないのは、このうち金融資本だけがまだ動いていないから。
人的資本と社会資本は、水面下で確実に積み上がっているのです。
信頼は、複利で増える資産
ここで特に強調したいのが、社会資本である信頼の性質です。
「信頼」というのは、複利で増える資産と表現できます。
ある一点を超えると、信頼が信頼を呼び、紹介が紹介を生み、加速度的に回り始める瞬間が来ます。
広告は、お金を払った瞬間に消えていく「費用」。
信頼は、貸借対照表には一行も載らないけれど、確実に積み上がっていく「資産」。
1周目の孤独な時間は、この帳簿に載らない資産をこつこつ仕込んでいる時間といえるのです。

1周目を「耐える」のではなく、「設計する」
孤独の正体が「複利が効く前の仕込み期間」だとわかれば、やることは、根性で耐えることではなくなります。
車輪が早く回り始めるように、「意図して設計すること」。
ボトルネック(目詰まりしている場所)を見抜く
回り出さない車輪には、たいてい1か所は、ボトルネック(目詰まりしている箇所)があるものです。
多くの場合、それは、”面倒だから誰もやらない”・”責任の所在が曖昧で誰も動かない”というプロセスです。
「ここは自分が引き受けます」と引き取った瞬間、止まっていた流れが一気に動き出す、ということが起こります。
自分の業務やお客様との関係を見渡して、どこで流れが止まっているか。
その目詰まりこそが、最初に手をつけるべき一押しのポイントです。
好きなことを、高速で回す
自分の得意と好奇心に時間を集中させること。
苦手な事務作業や調べ物は、いまはAIに任せられる時代。
その分、自分が我を忘れて没頭できる領域に、エネルギーを全振りする。
時間を忘れるほど夢中になれる状態は、他人が努力で簡単に真似できるものではないのです。
そこが、価格でも規模でもない”独自の価値”になっていきます。
与えることから始める
いっそ自分から先に与えること。
学んだこと、気づいたことを、出し惜しみせず誰かに渡す。
短期的には何の見返りもないように見えますが、渡した相手からの”ありがとう”は、回り回って評判となり、信頼となって、いつしか自分のところへ戻ってきます。
見返りを計算せずに渡したものほど、思いがけない形で返ってくる。
これも、信頼という資産を複利で増やす立派な投資なのです。
おわりに
最初の一周が孤独なのは、誰よりも早くその先の景色を見ているから。
まだ誰の目にも映っていない車輪を、1人で押している。
その姿は、はたから見れば無駄に見えるかもしれません。
けれども、人的資本と社会資本は、数字に表れる前から確実に積み上がっているのです。
この帳簿に載らない資産を信じて押し続けられるかどうか。
そこが、車輪が慣性で回り出すかどうかの分かれ目といえそうです。

