「なぜ(WHY)」は分からなくても「どう(HOW)」は分かる

人の心は奥が深くて、往々にして、自分が感じることをうまく説明できないことがあります。

うまく説明できなくて、「なぜ(WHY)」は分からなくても、「どう(HOW)」は話すことができます。

東山紘久著「プロカウンセラーの聞く技術」(創元社) を読んで実践して以来15年、学んだこと。

目次

「なぜ(WHY)」と「どう(HOW)」

「なぜ」が分かると、因果関係は明らかになりますし、科学的に追求することもでき、整理することができます。

しかしながら、自分が感じていることの「なぜ」をすべてうまく言葉にできるかというと、そうでもありませんよね。

例えば僕は猫が好きですが、「なぜ」好きかと聞かれても、きっかけはいくつか思い浮かぶものの、それを説明したとして、それが絶対的な理由かというとそうとも言い切れないと思いますし、そう考えると、「なぜ」を語ることは難しい。

一方、「どう」好きかは、たくさん語ることができます。

人は、「なぜ」は分からなくとも、「どう」はたくさん語ることができるのです。

もし課題を抱えていたとして、その課題の「なぜ」をはっきりと説明することができなくても、「どう」はたくさん言葉にすることができます。

そして、思いを言葉にしていくうちに、「どうしたら」が見えてくることもあるのです。

その人の心はその人にしか分からない

東山紘久著「プロカウンセラーの聞く技術」(創元社)にも強調して書いてあることですが、その人の心はその人にしか分かりません。

その人自身ですら、自分の課題や思いのすべてを言語化して把握できているわけではないのです。

少し話を聞いたとして、こうしたらいい、自分はこうだった、などとアドバイスしたとしても、それはあくまで参考にすらなればいいほうで、多くは、その労力の割にはあまり人の役には立ちません。

また、「教える」という態度で臨むと、えてしてその人を否定してしまいがちです。
否定しても、その人の実感は消えないわけで、その実感が消えない限りは、相手との心のずれが生じ、結局うまくいきません。

それに、「教える」という姿勢は、上から目線にもなりがちで、相手がそのような心理的な差を感じてしまうと、これまたうまくはいきません。

このことは、税務上、経営上、といった話にも言えることです。
経営上の課題に対して、相手の話を聞かずに、ただただ何かを「教える」という姿勢で臨んでも、うまくいくわけもないと思うのです。

話を聞き、教えてもらう

その人の心はその人にしか分からず、必ずしも「なぜ」が分からないのであれば、「どう」をひたすら教えてもらう、という姿勢で臨むのが一番の近道ではないかと思います。

その人の感じていること・課題意識を否定せずに、その人が感じている世界観を尊重し、共感し、その世界観をたくさん教えてもらう。

そうすることからすべてが始まるのではないかと思います。

※下五島の堂崎天主堂(過日撮影)。禁教令解禁後、五島列島初めての天主堂として1879年に建てられました。
行ったときは曇りでしたが、海辺に佇んでいて、晴れの日はきれいな海が望めるようです。

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