今、アメリカの大手AI企業が本気で奪い合っている職種、「フォワード・デプロイド・エンジニア(FDE)」と呼ばれる人たち。
汎用的なソフトウェアを作って売るのではなく、顧客の現場そのものに入り込み、課題を見つけ、その場で実装まで担う技術者のことを指します。
この仕事の中身を知ったとき、これはできるだけ経営者自身がやるべきことなのではないか、と感じました。
FDEという仕事を知って、腑に落ちたこと
「前線に立つエンジニア」という発想
FDE(Forward Deployed Engineer)という言葉は、「前線配備」を意味する軍事用語から来ているといわれています。
もともとはPalantir(パランティア)というアメリカの企業が、2010年代前半に生み出した職種と言われています。
政府機関や防衛関連の顧客に汎用製品を売るだけではうまくいかず、エンジニアそのものを現場に送り込み、業務の中に入り込んで一緒に仕組みを作る、という発想から始まったそうです。
2026年に入ってからは、OpenAIやAnthropic、Googleといった大手AI企業がこぞってFDEの採用を強化していると報じられています。
生成AIが実用段階に入り、「AIを使いこなせる技術者」よりも「AIを現場の業務に落とし込める技術者」の価値が急速に高まっている、ということなのだと思います。
具体的には、顧客の現場に常駐し、担当者と一緒に業務の流れを観察しながら困りごとを聞き取り、その場で小さな試作品を作って見せる。反応を見ながら作り直し、実際の業務に組み込めるところまで仕上げていく。
汎用的な製品を導入して終わりにするのではなく、顧客の業務に溶け込むまで伴走し続けるのが、FDEという仕事の具体的な働き方だと言われています。

これは経営者の仕事なのではないか、という気づき
FDEの本質は、AIに詳しいことそのものではありません。
現場に入り込み、課題を発見し、業務を分解し、実装と改善を繰り返す。
この一連の動き方にあります。
そう考えると、これはそのまま経営者の仕事の説明にもなっているのではないか。
自社の業務も、顧客も、経営課題も、誰よりも理解しているのは経営者自身だからです。
だとすれば、経営者自身がAIの知識を身につけ、必要なときは専門家の助けも借りつつ、基本的には自分自身が自社のFDEとして事業のAI化を進めていく。
それが一番理想的な形なのではないか、と感じています。
経営者が自社FDEとして果たすべき役割
現場に入り込み、課題を見つける
まず、日々の業務の中に自分自身が入り、どこに時間がかかっているか、どこでミスが起きやすいかを直接観察します。
スタッフから話を聞くだけでなく、実際の資料やデータの流れを自分の目で追うことが出発点になります。
小さく試作し、現場で試す
課題が見えたら、いきなり大きな仕組みを作ろうとせず、まずは一つの工程だけをAIに任せてみる。
うまくいかなければすぐに作り直す。
この小さな試作と検証のサイクルを自分の手で回せることが、経営者がFDEであることの核心だと感じています。
現場や顧客の反応を、次の経営判断につなげる
最後に、現場や顧客からの反応を、次の経営判断に反映させます。
仕組みを作って終わりにせず、実際に使ってみた結果を踏まえて優先順位や投資先を見直し続ける。
この一連の流れを自分の手元に置いておくことが、自社FDEとしての役割の核だと考えています。
経営者自身がFDEになる、ということ
資料受領から面談まで、工程ごとに問いを立てる
自分自身、事務所の月次処理業務にAIを組み込んでいく中で、この感覚に近いものを持つようになりました。
たとえば税理士事務所における月次処理業務は、資料受領、データ化、会計処理、チェック、顧客への確認、分析、面談という工程で成り立っています。
これを「AIでまとめて効率化しよう」と一括りにはできません。
工程ごとに、次のような問いを一つずつ立てていく必要があります。
どの工程はAIに任せられるか。
どこは人の判断を残すべきか。
データをどう整理すればAIが扱いやすくなるか。
会計ソフトや周辺システムと、どうデータをつなぐか。
こうした問いを一つひとつ潰していく作業は、正直なところ地味で、時間もかかります。
この地味な工程を経営者自身の手で一つずつ潰していくことこそが、AIをただ使うことと、AIが実際に成果を出すことの間にある差だと感じています。

専門家の力を借りながらも、主導するのは経営者自身
もちろん、すべてを一人で抱え込む必要もありません。
特にセキュリティの設計や、専門的な実装の壁にぶつかったときは、詳しい人に相談したり、外部の専門家の力を借りたりする場面も出てきます。
ただ、その相談も「何がしたいのか」「何につまずいているのか」を自分の言葉で説明できて初めて、意味のあるやり取りになります。
AIモデルの得意・不得意、データの整理の仕方、アクセス権限やセキュリティ、そして人の確認をどこに残すか。
こうした全体設計への理解を、まず経営者自身が持っておくことが土台になると感じています。
自分ですべてをプログラムできる必要はないながら、「何ができて、何ができず、どこにつながるのか」を理解しておくことは、経営者にとって欠かせない感覚になってきていると感じます。
なぜ、AI化の主役は経営者自身であるべきなのか
現場と経営判断の距離を、誰にも預けない
AI化の実装を丸ごと誰かに任せてしまうと、困ったことが起きます。
現場で見つかった小さな違和感や、顧客からのちょっとした反応が、経営判断の場所まで届きにくくなるのです。
課題を見つけるのも、業務を分解するのも、実装して試すのも、うまくいかなければ作り直すのも。
この一連の流れが経営者の手の中にあるからこそ、現場の気づきがそのまま次の一手につながります。
なぜこの業務を変えるのか。どこへ経営資源を集中するのか。AI化によって顧客価値をどう高めるのか。
何を自分で担い、何を人やAIに任せるのか。
こうした問いを引き受け続けられるのは、現場と経営判断の両方を自分の中に持っている経営者だからこそだと思います。

中小企業だからこそ、経営者がFDEであることが現実的
大企業であれば専任のAIチームを置けますが、中小企業ではコストの面で難しい場合も多いと考えられます。
だからこそなお、経営者自身がFDEとして現場に立つことは、中小企業にとってむしろ現実的な選択肢だと感じています。
自社のAI化を、誰かに任せる前に、まず自分自身がFDEとして一歩踏み出してみる。
そこから見えてくるものが、案外多いのかもしれません。
