「AI時代だからこそ、もっと人を見る。」というテーマで、長崎を拠点に活動するイラストレーターのChanさんを講師にお招きし、社内研修を開きました。絵の具とキャンバスを使い、似顔絵やデザインの仕事から「観察・対話・表現」を学ぶというもの。
研修の様子は、インスタグラマー九州Memoさんに撮影していただきました。九州Memoさんにも研修を一緒に体験していただき、にぎやかで楽しい時間になりました。
税理士が、イラストレーターから学ぶ理由
AIが進むほど、「人を見る力」が問われる
記帳や仕訳、申告書の作成といった会計税務の定型業務は、AIと一体になっていく流れにあります。
一方、AIが担える部分が増えるほど、お客様の「背景・価値観・迷い・美意識」を深く受け取る力の重みが増していくと感じています。
当事務所では「AIで生み出した時間を、人と向き合うために使う」と考えています。
ただ、「お客様に寄り添う」という言葉は、精神論で終わってしまいがち。
では、寄り添うとは、具体的に何をすること?
それを行動のレベルに落とし込むヒントを、まったく別のお仕事から得たいと考えました。

似顔絵は、顔を写すだけの仕事ではない
講師のChanさんは、長崎を拠点に活動するイラストレーターです。
「にがおえart.Chan」として似顔絵のオーダー制作をされているほか、商業イラストや、お店・会社のロゴ、名刺、チラシ、Instagram投稿のデザインなども手がけられています。
似顔絵は、目の前の顔をそのまま写し取る仕事ではないと感じています。
相手をよく観察し、特徴を選び、本人が「自分らしい」と感じる形に変えて届ける。
その一連の動きの中に、いま私たちがいちばん学びたいことが詰まっていると考え、講師をお願いしました。

似顔絵と税理士の仕事に重なる5つの動き
企画の段階で、Chanさんの仕事と税理士の仕事を並べてみました。
| Chanさんの仕事 | 税理士の仕事に置き換えると? |
|---|---|
| 相手をよく観察する | 表情・背景・迷いなどを丁寧に受け取る |
| その人らしい特徴を見つける | その会社ならではのカルチャー・価値観・課題を掴む |
| 何を強調し、何を省くか判断する | 膨大な数字など全般的な状況から、経営判断にクリティカルに必要なものを選ぶ |
| 相手に伝わる形で表現する | 相手に合う言葉・トーン・表情・図・順序に翻訳し、より人間的に届ける |
| 一人ひとり違う作品をつくる | 画一的でない、一社ごとの状況に応じた最適な意思決定・経営判断を支える |
研修の目的は、この重なりを「観察・対話・表現」という3つの具体的な動きとして学ばせていただくことでした。
研修当日:「自分の色」と「人から見た色」
机の上が、絵の具でいっぱいに
研修は、事務所の会議室で行いました。
普段は資料やパソコンが並ぶテーブルにシートを敷き、アクリル絵の具と筆、パレット、水入れを用意。
全員エプロンを着けて、準備は万端です!
一人1枚ずつ、淡い水色の下地が塗られた正方形のキャンバスが配られ、ここから何が始まるのか、少しそわそわしながらのスタートでした。



ワークは4つのステップ
Chanさんが用意してくださったワークは、次の流れです。
- 自分の好きな色(自分を表すと思う色)を選ぶ
- ほかのメンバーをイメージする色を選ぶ
- なぜその色を選んだのかを話し合う
- キャンバスに自由に塗っていく
絵の具のチューブがずらりと並ぶ中から1本を選ぶだけなのに、意外と迷います。
自分を表す色とは何かとあらためて聞かれると、なかなかすぐには答えが出てきません。

自分が思う自分と、周りから見た自分は違う
やってみると、自分で選んだ「自分の色」と、周りが選んでくれた「その人の色」は、意外と一致しません。
自分ではこういう色だと思っていても、周りからは別の色で見られている。
自分は周りをこの色だと思っても、それぞれ自認している色は違う。
同じ人を見ていても、感じ方や見え方は人それぞれ。
面白いのは、なぜその色を選んだのかを言葉にしてもらうと、相手が自分のどこを見て、そう感じているのかが分かることでした。
色というシンプルな道具を使うだけで、普段は口にしない「あなたはこう見えている」が、自然と交わされていくのです。

一人ひとり違う絵が、4枚でひとつの作品に
同じところから始めても、同じ絵にはならない
色を選んだら、選んだ色を含む様々な色・好きな塗り方で自由に描いていきます。
同じ水色の下地、同じ絵の具から始めているのに、大きな花を描く人、水玉を散らす人、うねるような線を重ねる人と、筆の運びは一人ひとり違います。
普段は数字と向き合う時間が長い仕事ですが、正解のないキャンバスに向かうと、頭の使い方がまるで違うことに気づかされます。
ものすごく頭を使うのだと実感しました。。




一人ひとりの手元を見て回るChanさん
制作中、Chanさんはテーブルを回りながら、一人ひとりの手元をのぞき、声をかけてくださいました。
上手・下手を評価するのではなく、その人が描こうとしているものを受け止めて、次の一筆を後押ししてくれる。
Chanさんのこの関わり方そのものが、まさに研修のテーマである「観察」と「対話」の実演になっていたように思います。

バラバラの4枚を並べると、ひとつの大きな絵に
最後に、全員のキャンバスを並べてみました。
1枚ずつ見るとまったく違う絵なのに、並べると花や色がつながり、ひとつの大きな作品が現れます。
並べ方を変えると、また別の表情の1枚になるのも面白いところです。




「税理士は、お客様のチームの一員」
Chanさんは、この作品を仕事の「個人」と「チーム」になぞらえて話してくださいました。
一人では描けなかった作品が、個が集まることで完成する。
そして税理士は、お客様から見てチームの一員なのではないか、と。
「これが好き」「これはちょっと苦手」という気持ちを素直に共有し、お互いを知り、相手を認める。
これらを共有する時点でワンチームであり、事業を推し進めていく共同体であるということ。
相手をよく知り観察することで、お客様の背景や価値観を受け取る力が深まる。
そこにAIが加われば、デジタルと人の両方の価値が大きな力になる。
研修の狙いを、Chanさんの言葉で言い当てていただいたように感じました。

Chanさんに聞いた、「その人らしさ」の掴み方
研修では、事前にお送りしていた6つの質問にも、Chanさんが答えてくださいました。
初対面では、まず「表情」を見る
初対面の人のどこを見ているか、という質問への答えは「表情」でした。
似顔絵は真正面に座るため、最初はみなさんとても緊張しているそうです。
それが描き終わるころには和らぎ、似顔絵を渡したときがいちばんいい表情になる。
英語の「Nice to meet you」には、あなたに出会えてよかった、これから関係を築くのが楽しみだ、という意味が込められていると言われます。
Chanさんはその気持ちで、出会えたことに感謝しながら少しでも早く相手の緊張をほどくことを意識されているそうです。
コンプレックスは、チャームポイントに変えられる
本人が思う特徴と、第三者から見える特徴には違いがあるのか。
本人は鏡で見慣れた角度や、気にしている部分に目がいきがち。
一方で周りの人は、「パーツ」ではなく「顔全体の雰囲気や表情、仕草といった空気感」で相手を認識している、というのがChanさんの見立てです。
だからChanさんは、本人がコンプレックスだと感じている部分もその人の魅力だと捉えるそうです。
極端に誇張するのではなくて、コンプレックスを可愛いチャームポイント(雰囲気・空気感)に変えて届ける。
ワークで体験した「自分の色」と「人から見た色」のズレは、まさにこの話につながっていました。
7割は「練る」時間。そして引き算
何を強調しているかという質問には、「造形的な特徴ではなく、受け取る方へのプレゼントとしての温かさ」という答えが返ってきました。
Chanさんは「365日サンタクロース」を理念に活動されていて、作る時間は相手を喜ばせるための準備そのものだそうです。
デザインの仕事では、お客様のその先にいるお客様に何を届ければ喜ばれるかを、お客様と一緒に考える。
実際に手を動かすのは最後の最後で、7割は構成を練る時間に使っているとのことでした。
何を省いているかについては、主役が引き立つよう背景をあえてシンプルにし、白い余白のバランスや視線の流れまで計算しているとのことでした。
何を足すかではなく、何を引いて大切なものを際立たせるか。
似顔絵にもデザインにも共通する考え方です。

決めつけず、一人で抱え込まない
先入観をどう排除しているかという質問には、「自分の思い込みで制作しない」という答えでした。
最初は緊張していて、本来のその人らしさが出ていないことが多い。
だから第一印象で決めつけず、会話の中でふとほどけた表情や雰囲気を見極める。
デザインでも一人で進めず、必ず周りにフィードバックをもらうそうです。
昔は「全部自分でやらなきゃ」と抱え込むタイプだったというChanさん。
人に頼られると嬉しい自分に気づき、「私も頼っていい」と思えるようになってから、自分では見えていなかった部分まで見えるようになったというお話は印象に残りました。
「〜っぽさ」と「好き」は、質問から見えてくる
相手の魅力を引き出す質問について。
即席の似顔絵では「普段、絵を描いたりしますか?」と聞いたり、「実は私も緊張しています」と自分の内心を打ち明けたり、何気ない会話から入るそうです。
質問するときは、必ず相手の目を見る。雰囲気や話し方を見極めるためです。
写真から描くプレゼント用の似顔絵では、質問攻めになるといいます。
たとえば「ガハハ」と笑うのがその人らしいのか、「ふふふ」と微笑むのがその人らしいのか。
それは依頼したお客様に聞き、観察しないと分からないことです。
なので、プレゼント用の似顔絵はお客様の協力がないと完成しない、とChanさんは話します。
本人に「自分らしい」と感じてもらうために大切にしているのは、「会話の中で見えてくる”〜っぽさ”(自然体の空気感や仕草)」と、「その人の”好き”(大切にしている価値観)を知ること」であると。
作品を手にしたときに、自分の魅力を再発見するきっかけになってほしい、という言葉で締めくくられました。
税理士がAI時代に磨きたい「観察・対話・表現」
観察:数字の外側にあるものを受け取る
試算表の異常値や、前年からの増減を見つける作業は、AIがとても得意です。
一方で、数字とは裏腹に、社長の表情が硬い、ある話題になると言葉が少なくなる、決算の数字は良いのにどこか浮かないなど、言語化されない違和感がある。
こうした「ゆらぎや迷い」は、会計データのどこにも記録されないのです。
Chanさんが初対面でまず表情を見るように、面談で最初に見るべきは、試算表より先に、社長の表情なのだということ。
もうひとつは、本人の自己認識と、外からの見え方のズレです。
「うちは小さい会社だから」と経営者が気にしている点が、外から見ると「小回りが利く」という強みだった、ということは珍しくありません。
数字の弱いところを指摘するだけでなく、コンプレックスをチャームポイントに読み替える視点を持てるかどうか。
そして、第一印象で決めつけないこと。
前年と同じような数字でも、その裏にある事情は毎年違います。
「いつもの会社」と思った瞬間に、観察は止まってしまうのです。
対話:答えを出す前に、問いで引き出す
税理士に相談するのは敷居が高い、と感じる経営者は少なくありません。
Chanさんが何気ない会話や自分の内心の一言で緊張をほどくように、本題に入る前の数分が、その後の対話の深さを左右すると思われます。
プレゼント用の似顔絵がお客様の協力なしには完成しないように、経営計画や資金繰りの見通しも、税理士だけでは完成しません。
同じ売上目標でも、一気に攻めるのがその会社らしいのか、着実に積み上げるのがその会社らしいのか。
「ガハハ」か「ふふふ」かを見極めるように、その会社らしい進め方は、問いを重ねることで、初めて見えてくるのです。
AIは質問に答えるのは得意です。
けれど、「目の前の経営者が本当は何に迷っているのか」を問うのは、人対人の役割として残るのではないでしょうか。
相談事でも、最初にテーマにしていた悩みから、相談(人対人のセッションというフレームワーク)が進むにつれて、本当は何に悩んでいるのかが見えてきて、最初のテーマから変貌していくということはまさによくあることなのです。
むしろそれが自然なくらいに。
表現:引き算して、相手に合う形で届ける
月次の数字は、並べようと思えばいくらでも並べられます。
けれど、すべてを見せることが、伝わることにはなりません。
Chanさんが背景を引き算して主役を引き立てるように、膨大な数字の中から「今月、この社長に伝えるべきこと」を、その会社ならではを熟考してから、1つか2つに絞る。
当事務所で使っている「お金のブロックパズル」(会社のお金の流れを、面積の大小で表した図)も、数字を相手に伝わる形へ翻訳するための道具のひとつです。
7割は練る時間、という話も示唆的です。
報告資料を作り始める前に、誰に・何を・どんな順番で届けるかを決める。
その準備の質が、伝わり方を決めているように感じます。
そして、一人で抱え込まないこと。
思い込みを外すために周りを頼り、より視野を広げて思考を柔軟にする姿勢は、税理士の仕事にもそのまま当てはまりそうです。

AIに任せること、人が担うこと
| AIが得意なこと | 人が担うこと | |
|---|---|---|
| 観察 | 数字の異常値や増減を見つける | 表情・迷い・自己認識と外からの見え方のズレを受け取る |
| 対話 | 質問に答え、情報を整理する | 問いを重ね、その会社らしさを引き出す |
| 表現 | 資料の下書きや集計をする | 何を引き、何を伝えるかを選び、かつ、相手に合う形で届ける |
「AIで生み出した時間をどう使うか」とは、この表の右側に時間を使うことだと考えます。
よりその会社らしい経営判断・意思決定をサポートすること・(本当の)課題を整理すること・それらのクオリティを上げることにこだわっていくこと。
研修を終えて
「寄り添う」を、行動の言葉にする
この研修で目指したのは、「寄り添う」を所内の共通言語にすることでした。
観察する、聴く、その人らしさを捉える、相手に伝わる形に翻訳する。
この流れを、精神論ではなく一人ひとりが試せる行動として持っておく、ということです。
税制改正や実務の勉強は、税理士事務所にとって欠かせません。
(専門職としての知識がなければ、AIの誤りに気づくことができません。)
そのうえで、お客様を理解する力そのものを鍛える。
当事務所では、こうした「人を見る力」を磨く時間も、専門知識の勉強と同じくらい大切にしていきたいと考えます。
事務所に飾った4枚の絵
完成した4枚は、事務所の棚に並べたり、壁に掛けたりして飾りました。
講師を引き受けてくださったChanさん、そして一緒に研修を体験してくださり、撮影・投稿まで手がけてくださった九州Memoさん、ありがとうございました。


数字を整えるだけでなく、その数字を生み出す人と事業まで丁寧に見る。
事務所に飾った4枚の絵は、そのことを思い出させてくれる目印になりそうです。
