「AI時代に大事なのは、問いの立て方だ!」。最近、あちこちで耳にする言葉。ただ、いざ実践しようとするとこれがなかなか手強い。何をどうすれば「いい問い」になるのか。
なぜ「問いの立て方」は、こんなにわかりにくいのか—3つの層が混ざっているから—
そもそも、なぜこの言葉はここまで掴みづらいのか。
「問いを立てる力」は、もう答えではなく出発点
いまや、調べものは「ググればわかる」から、「AIに聞けばわかる」へと移りつつあります。
だからこそ、何をどう聞くかが、その人の差になって表れる。
そう語られることが増えてきました。
世間の論調を見ても、「問いを立てる力」とは、表面的な現象に惑わされず「本当の問題は何か」を探り当て、それを問いの形にする力だと整理されています。
知っているかどうかより、問えるかどうか。
そこに価値が移ってきている、ということだと考えられます。
もやもやの正体は、深さの違う3つが一語に詰まっていること
ただ、ここに落とし穴があるように思います。
「問いの立て方」という1つの言葉の中に、実は深さの違う3つの層が、ごちゃ混ぜに詰め込まれているのではないか。
ここを分けないまま語るから、「結局、何をすればいいの」というもやもやが残るのではないかと考えられます。
その3つとは、”書き方”・”設計”・”発見”。
下にいくほど深く、そして人間に残りやすい層です。
この3層を、1つずつほどいていきます。

第一層と第二層—”書き方”と”設計”、ここまではAIに追いつかれていく—
まずは、比較的わかりやすい上の2層から。ここは多くの解説が語っている領域でもあります。
第一層「書き方」は、急速にコモディティ化している
一番表層にあるのが、プロンプト(AIへの指示文)の書き方です。
目的を伝え、前提を渡し、出力の形式を指定する。
いわゆる「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれてきた技術。
ただ、ここは急速にコモディティ化が進んでいるといえそうです。
なぜなら、AI自身が指示を補正し、多少曖昧な頼み方からでも意図を汲むようになってきたからです。
つまり、上手な命令文を書くこと自体は、これから差がつきにくくなっていく。
第二層「設計」では、4つの要素を言葉にする
その1段下にあるのが、問いの”設計”です。
ここで効いてくるのが、次の4つを言語化できているか、という点。
1つ目は、何がしたいのか(目的)。
2つ目は、誰のため・何のためか(文脈)。
3つ目は、何が使えて、何は避けたいか(制約)。
4つ目は、何をもって「良い答え」とするか(評価基準)。
「美味しいものを作って」と頼むのと、「来週、3人の取引先をもてなしたい。和食で予算と時間はこのくらい。1人は魚が苦手」と頼むのとでは、返ってくるものがまるで違うということ。
問いの設計とは、この”注文の解像度”を上げることだと考えられます。

第三層—”そもそも何を問うか”が、最後に人間へ残る—
ここまでの2層は、いずれAIが肩代わりしていく部分を含みます。
では、最後まで人間に残るのはどこか。
それが、一番深い第三層と考えられます。
AIは「解く」のは得意でも、「何を問うべきか」は決められない
第三層は、”発見”の層。
「そもそも、何を問うべきか」を見極める力です。
AIは、与えられた問題を解くのは、もはや超一流。
けれど、「この問題は解く価値があるのか」・「もっと手前に、本当の問題が隠れていないか」を判断するのは、まだ人間の仕事として残っているように思います。
「本当の問題」は、たいてい最初の問いの手前に隠れている
たとえば、「資金繰りを改善したい」という問い。
これ自体、立派な問いですが、その奥には「来月の支払いが不安だ」「将来、従業員を守れるか心配だ」という、もっと素朴で切実な問いが隠れていることが少なくありません。
表に出ている問いの、さらに手前。
そこを掘り当てられるかどうかが、第三層の勝負どころなのではないでしょうか。
良い問いとは、上手に書かれた問いではなく、正しい場所を掘り当てた問い。
「問いもAIに聞けばいい」は、正しいのか—残るのは判断と目的—
ここで、当然わいてくる疑問があります。
「問いの立て方が大事と言うけれど、その問いだって、AIに考えてもらえばいいのでは」。
半分は正しく、半分だけ足りない
確かに、AIに「いい問いを10個立てて」と頼めば、候補はすらすら出てきます。
問いを”生み出す”ことは、もうAIの得意分野になりました。
足りないのは、その先です。
10個の候補から「これだ」と選ぶ判断。
そして、「自分は本当のところ、何を求めているのか」という自己認識。
ここはAIには代われない領域だといえそうです。
なぜなら、目的や価値観は、本人の中にしか存在しないからです。
メタスキルとは、判断・目利き・編集のこと
問いの立て方より大事だと言われる「メタスキル」(個別の技術の上位にある、それらを使いこなす土台の力)とは、具体的に何なのか。
3つに整理できそうです。
1つ目は、自分が本当に欲しいものを見極める力。
2つ目は、AIの出力を評価し、採るか捨てるかを決める”目利き”。
3つ目は、一発で終わらせず、対話で問いを磨き続ける”編集”の力。
「問いの立て方」と「メタスキル」は対立することなく、問いの立て方は、こうしたメタスキルが表に現れた1つの形にすぎないのではないかということ。
答えは、優れた手仕事の中にすでにあった—相手の本当の問いを引き出す—
実は、この「問いの立て方」、まったく新しいスキルというわけではないのかもしれません。
人がずっとやってきたことと、同じ構造
腕のいい人は、相手が口にした要望を、そのまま受け取りません。
「節約したい」という相談の奥に、「家族を守りたい」という本当の願いを聞き取ろうとする。
口にされた言葉と、本当に求めていることのあいだのズレ。
そこを、対話とヒアリングで少しずつ埋めていく。
これは、第三層で見た「本当の問いを掘り当てる」作業と、ぴったり同じ構造ではないか。
外来の知を、どう選び取るか
何を問い、何を受け取り、何を自分の判断として残すのか。
その選別の主導権を握るのは、あくまで人間の側です。
だとすれば、AIへの問いの立て方とは、けっして特別な新技術ではなく、相手の本当の問いを引き出すという、昔から続く力を、相手がAIに変わっただけで応用すること。
AIに何を聞くかの前に、自分は何を求めているのか。
そこから始めてみるのが、案外、一番の近道なのかもしれません。

